« 白石昌則+学生『生協の白石さん』(講談社) | メイン | IT技術は日本人にとって「パンドラの箱」? »

2005年11月29日

マンション耐震強度偽造事件に潜む「セキュリティホール」

設計の中核部分である「構造計画書」の数値が偽造され、震度5程度の地震がくれば倒壊の危険があるというマンションやホテルが全国規模で建てられていた。

現段階で表面化しているのは、構造計画書を偽造した一級建築士、関連する設計事務所、実際に建物を建てた建設会社、事業主である販売会社、構造計画書の審査を担当した民間検査機関などだが、それぞれが責任のなすりあいをしており、真の最終的責任がどこにあるのかは「藪の中」である。

疑問はいろいろある。

木造家屋を請け負う大工が大黒柱を法外に細くしたり、壁の厚さを薄くしたりするということはちょっと考えられないが、この種の大規模建築では、現場作業員はこれらの「欠陥」にまったく気づかないのだろうか。あるいは、施主に改善を求めたりしないのだろうか。現場ではもはや何も「見えない」ということかもしれないし、そういった「肉体的知恵」はもはや「コンピュータ数値」に抗えないのかもしれない。あるいは、上位下達の風潮が蔓延し、抗議すれば即座にやめさせられるのかもしれない。

見てくれはいかにも瀟洒で、IT関連の機能も完備していながら、他社に比べて割安のマンションを売る販売員たちは、自分が薦める物権に万全の責任をもてたのだろうか。一方で消費者は、その点に何の疑問を感じなかったのだろうか。これらの業者の業界内評価はどうだったのだろうか。

姉歯秀次建築士は、「鉄筋の数を減らさなければ、他の建築事務所に発注する」と言われたと国土交通省の聴聞会で語ったらしい。29日付け朝日新聞には、北九州市のホテルの構造計算を請け負った広島の設計事務所がコスト削減要請に応じなかったら、姉歯事務所に替えられたという話も出ている。

木村建設とかヒューザーなどの建築主は「柱を減らせ」などとは言っていないと反論している。たしかに「建築基準法に違反してまでやれ」とか、「数値を偽造しろ」とまでは明言していないかもしれないが、一人の建築士が「構造計算書の数値をいじりさえすれば仕事を失わずにすむ」と気づけば、あとはどこのチェックも働かなかった。姉歯建築士は「締め切り間際に不十分な書類をとりあえず出して、あとで正式なものに取り替えようと思っていたら、元のままで通ってしまった」と、「思わぬ発見」で味をしめたと受け取れるような発言もしている。また同建築士は「審査基準が甘いイーホームズを検査機関に選んだ」とも証言している。

この事件で奇妙なのは、関係者から安全な建物をつくることへの責任感、職業倫理というものが伝わってこないことである。まさに業界ぐるみのモラルダウンである。ここにあるのは、外見は美しく、IT関連の装備も完備し、おしゃれにできて、しかも安い物権を提供するために、肝心の構造上の骨格を軽視するという本末転倒ともいうべき事態であり、そうやってつくられたマンションがけっこう売れていた現実である。マンション建設を促進するために、検査業務を民営化する施策を進めてきた国、国土交通省にも大いに責任があるだろう。

なぜこのようなことが起こるのだろうか。

以下は、5年以上も前に都市設計家の友人から聞いて、『インターネット術語集』(「シミュレーション」の項)で書いた話である。
                      ◇
ホテル建築にあたって客をたくさん呼ぶためにどこまで宿泊費を下げればいいか、といったとき、従来の発想では、ホテル建築にかかる費用面から考えはじめる。基礎資材があって、床はこんな具合で、家具をそろえて、人件費はこうこう、と下から諸経費を積み上げて、さて幾らになった、最低これだけの費用がかかるのだから、宿泊費もこれ以下ではとても無理だ、ということになる。

これがデジタル的発想になると、いきなり宿泊費を半分にしたらどうか、3分の1にしたらどうか、そのための建築費はこれこれと、大胆に想定を変えて集客状況をシミュレートする。こうしてホテルをつくるとなると、今までの常識とはまるで違う発想が必要で、ベニヤ板や発砲スチロールで学園祭のディスプレイを作るような感覚で建物や都市が出来上がる。
                      ◇

彼は「そこに客が殺到して儲かればそれで良いというわけだ」とつけ加えたが、今回の事件では、耐震構造の数値をあっけらかんとでっちあげ、それに基づいて、外見は立派だが住むには危険なマンションやホテルが出来上がった。「コストを下げて価格競争力がつけばそれそれで良いのだ」と。

コンピュータ・シミュレーションの威力はすばらしいが、そこには、職人たちの労働意欲、顧客の満足感、関連業者とのこれまでのつきあい、といった計算不能な要素、数値化しにくい感情的側面が含まれていないことをついつい忘れがちである。

構造計算書の複雑な計算こそコンピュータの得意芸で、それをわざわざ手作業でチェックするのがおっくうになりがちなのも、それ自体としてはよくわかる。イーホームズが検査に際して、その計算過程を省略していたのも、いかにもと思わせる話だ。地方自治体のチェックをすり抜けたケースもあり、いずれも「まさか建築士が数値を差し替えるとは思わなかった」ということらしい。

しかし、その盲点を突きさえすれば、何十人、何百人もの人びとが路頭に迷いかねない結果が生じるという大いなる「セキュリティホール(安全上の欠陥)」が社会の根底に存在するということこそが、まことに由々しき事態と言えよう。しかもその震源を定める(セキュリティホールの責任を追及する)ことは難しい。

新たな「社会資本」としての「情報倫理」構築が急がれる所以である(私の情報倫理の考え方については、『サイバー生活手帖』を参照していただければ幸いです)。

投稿者: Naoaki Yano | 2005年11月29日 22:49

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cyber-literacy.com/scripts/mt/mt-tb.cgi/74

このリストは、次のエントリーを参照しています: マンション耐震強度偽造事件に潜む「セキュリティホール」:

» 遣り方は建築をする上で最重要な事です。 from 住宅派マンション派貴方の住いは住宅?マンション?聞きたくない!怖い話
遣り方に立ち会ってください建物の周り約1M位離してぐるりと水平の板(貫を回す)それを止める為に杭を打ち込み、打ち終わった頭は鋭角にし誤って又打ち込まないよ... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2007年04月05日 23:43

コメント

コメントしてください




保存しますか?


Copyright © Cyber Literacy Lab.