ケータイはパソコンとは違う影響を及ぼす(2008/6)
テレビも見られるし、サイフ代わりにも使えると、ケータイの機能が拡充するにつれて、インターネットにアクセスするのもケータイだけ、パソコンはほとんど使わないという若者が増えているようである。パソコンからケータイへのシフトは、サイバー空間のあり方を変え、私たちの思考、感性に及ぼす影響もまた変わってくるだろう。
パソコンからケータイへ
都内の私立大学で7年間、情報社会論の講義を続けているが、最初のころは「パソコンを持っている」学生が年ごとに増加する傾向を示していた。ADSLの普及など回線のブロードバンド化ともあいまって、若年層にもパソコンが着実に浸透してきている、と感じていたのだが、ここ数年、自分のパソコンを持っているという学生の数は急に減少してきた。「パソコンは大学にあるからとくに必要ない」と言う学生が多いのだが、彼らにとってパソコンは、すでに「無用の長物」になりかかっている。
総務省が4月に発表した2007年末時点の「通信利用動向調査」によると、過去1年間にインターネットを利用したことのある人は8800万人で、人口普及率は約70パーセント。これを利用端末ごとに見ると、パソコンが7800万人(89パーセント)、ケータイが7300万人(83パーセント)。さらに細かく見ると、パソコンのみを利用している人は1500万人(17パーセント)、ケータイのみが1000万人(11パーセント)である。さすがにまだパソコンの方が多いが、ケータイのみでアクセスしている人は前年より300万人増えているのに対して、パソコンのみの利用者は160万人減っている。
私は2002年以来、携帯電話を身につけて持ち運べる情報端末だと考えて、PHSも含めて「ケータイ」とカタカナ表記しているが、ここにパソコンからケータイへという情報機器の流れがはっきりと見てとれる。NTTドコモのiモードの登場で、ケータイからインターネットにアクセスできるようになったのは1999年2月、ケータイの加入台数が、明治以来、長い年月をかけて全国津々浦々に設置されてきた固定電話を上回ったのが2000年11月である。
ケータイは、あれよあれよという間に若年層ばかりでなく、女性、中高年層へと普及し、いまや中堅ビジネスマン層も含め、国民すべての人の必需品になっている。同じ総務省調査によると、情報端末の世帯保有率は、ケータイ95パーセント、パソコン85パーセントである。
ケータイというメディア
ケータイはサイバー空間の人口を飛躍的に増大させたが、パソコンとケータイでは、サイバー空間の見え方もまた変ってくる。そのことでサイバー空間のデザインも変わるし、利用の仕方も変わる。
パソコンは比較的広い画面を埋めたテキストを一望できるから、どちらかと言うと、従来の書物や新聞などの活字メディアとよく似ている。しかし、ケータイの画面は格段に狭く、その小さな窓を通して文字や写真、映像などの情報をやりとりするから、そこには自ずから一つの制約が生じる。ケータイが音声電話や電子メールを離れて、インターネット・アクセスの手段となるとき、その影響はさらに大きなものになる。
以前、取り上げたケータイ小説は、まさにこの小さな画面で展開されるドラマであり、メディアの制約が作品にも大きな影響を与えている。全体の流れや文脈よりも、瞬間瞬間のおもしろさや刺激の強さが重視されざるを得ない。これを読んだ読者がすぐ感想を書いてよこすから、それを即座に話の筋に織り込むこともできる。
学校裏サイトをめぐる動き
内閣府の2007年3月時点の調査によると、ケータイ使用は小学生31パーセント、中学生58パーセント、高校生96パーセントである。これからの子どもたちは、パソコンをパスして、いきなりケータイでサイバー空間にアクセスすることになるだろう。それはサイバー空間の持つ危険を拡大する方向で働く恐れが強い。
いわゆる「学校裏サイト」はその代表で、やりとりされる情報は特定個人への誹謗中傷だったり、子どもたち自身が投稿するポルノ写真だったりするが、それらのサイトにも検索連動型広告が配信されているから、成人が運営するいかがわしいサイトにも簡単にジャンプできるし、援助交際の温床にもなっている。それが親たちの知らないところで蔓延し、学校当局も打つ手がない状況なのである。
これらのサイトにはパソコンでもアクセスできるが、子どもたちはほとんどケータイを使っており、ケータイでしかアクセスできないサイトもある。ケータイは個人に密着したメディアで、子どもたちがどう利用しているかチェックしにくい。居間に置いておけば、家族の目が何らかの歯止めとして働き得るパソコンとは違う。サイバーリテラシー第2原則は、「サイバー空間は『個』をあぶり出す」だが、学校や家族の目から離れて、サイバー空間で結びついた生徒たちの行動に歯止めをかけるのは難しい。
子ども同士の「裏」コミュニケーション自体は昔からあることだが、それがケータイというメディアを通して伝播することで、これまでとは比較にならない深刻な問題を提起している。
投稿者: Naoaki Yano | 2008年07月13日 15:08