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2008年08月11日

国内ローンが世界金融を震撼させる(2008/7)

 アメリカの低所得者向け住宅ローン(サブプライムローン)は、いまだに世界金融界に大きな混乱を及ぼしているが、その影にはローンの「証券化」という金融技術があった。それは、メッセージがメディアを離れて流通する「総メディア社会」の一現象と捉えることもできる。

進む資本提携と犯罪捜査

 最近の新聞報道によれば、三井住友銀行はイギリス大手銀行バークレイズに1000億円余を出資する資本・業務提供に向けて最終調整に入ったという。バークレイズのみならず、欧米の大手銀行、証券会社はサブプライム問題で巨額の損失を抱え、資本増強が必要になっており、比較的影響が少なかった日本の銀行や証券に出資要請が来ているらしい。1月には、みずほコーポレート銀行が米証券大手のメリルリンチに約1300億円を出資している(1)。

 また米司法省と米連邦捜査局は、今年3月以降の約3カ月半の間にサブプライムローンなど住宅ローンに絡んだ詐欺として144件を立件し、406人を訴追したと発表した。被害総額は1080億円。これとは別に、米連邦検察当局は大手証券、ベアー・スターンズの元幹部2人を証券詐欺の疑いで訴追した。司法当局は大手企業への捜査も視野に入れていると報じられており、市場を揺さぶったサブプライム問題は金融不祥事へと発展した(2)。

「ローン証券化」という金融技術

 アメリカ国内の住宅ローンをめぐるトラブルが、世界金融を揺るがす事態に発展した背景には、「ローンの証券化」という仕かけがあった。春山昇華『サブプライム問題とは何か』(宝島社新書)を参考に、この点に絞って考えてみよう。

 証券化というのは、不動産や債権などの資産が生むリスクやリターンを有価証券(社債や株式)の形で投資家に分散させる金融技術のことである。たとえばかつては不動産に投資して利益を得ようとすれば、直接不動産を取得して経営するしかなかったが、これを証券化すれば、専門家が不動産を経営し、投資家は証券を売買するだけで利潤を得られる。ローンを小口化すれば、大きな資金も必要でなくなる。こうして利益率の高い住宅ローンを証券化することがはじまった。

 同書の説明によると、銀行が消費者と7パーセントの利回りで住宅ローンを組んだあと手数料を引いて、6.5パーセントの利回りで証券会社に売却する。証券会社は証券化の手数料を引いて、投資家に6パーセントの利回りで販売する。投資家にとっては6パーセントの利回りでも十分に魅力的なので(米国債の金利は2004年以降ずっと4パーセント台だった)、このサブプライムローン証券は人気商品になった。

 もちろん背景には、アメリカにおける不動産、住宅ブーム(と言うよりバブル)があり、住宅はどんどん値上がりしていた。消費者は最初の数年は安い利息を払うだけですみ、住宅の資産価値が上がった数年後に転売すれば有利な投資になったし、売らなくても、高騰した住宅価格を担保に別の消費者ローンを組むこともできた。この辺は「少々高くても、もっと高くなる(自分より後に来るものが、より高い金で買う)」といった日本の土地バブルそっくりだが、「ローン証券化」は、より深いところでモラルの崩壊をもたらした。

 銀行はもともと、金を貸すに際しては、顧客の財政状況をきちんと調査し、返却できそうもないと判断すれば貸さない。しかし、いったん貸せば、銀行と顧客とのつきあいは長く続くのが普通だった。ローンを通じて、銀行と顧客は緊密につながり、そこに地域的なコミュニティが成立していた。ところがこれが証券化されると、ローン契約した段階で銀行と顧客の仲は切れる。「後は野となれ山となれ」というと言葉は悪いが、たとえローンが破綻しても銀行には何の損失も生じない。消費者にとっては、ローンのその後は市場まかせ、自分が負債を負っている真の相手もわからない。かくして銀行員が持っていた面倒見の良さや、返済能力の怪しい人には貸さないというモラルは失われた。

 こういった現象の典型として、「ニンジャローン」の話が紹介されている。NINJAとは、「収入がなくてもOK(No Income)」、「働いてなくてもOK!無一文でもOK!(No Job & Asset)」の頭文字から名づけられたもので、こういった摩訶不思議なローン登場の背景には、「不動産価格は上昇するから、たとえ顧客がローンを払えなくても、不動産を処分しさえすれば損しない」という考え方があったらしい。

 ところが、住宅価格の急上昇は2005年をピークに急速にしぼみ、2007年になると、ローンを返せない人びとが増え、全米各地で売り家があふれた。そして、全世界にばらまかれたサブプライムローン証券が金融界を混乱に陥れたのである。

「総メディア社会」の一現象

 アメリカ国内の住宅問題が世界の金融界を震撼させるという構造を考えるとき、情報のデジタル化で出現した「総メディア社会」では、メッセージはメディアを離れて、メッセージ単独で流通するという事実を思い出させられる。この際のメッセージは「ローン証券」であり、メディアは「住宅」である。一国内の具体的な住宅を離れて世界に流れたローン証券は、結局は、低所得者から住宅を剥奪し、投資家にも莫大な損失を与えたことになる。

 最近は、温室効果ガスの排出削減も含め、「証券化ビジネス」がもてはやされ、特許権、映画制作など、資金を投入して何かをつくり、そこから収入が入るものなら、すべて証券化可能だと言われている。これも資本の流動化現象だが、一方で、私たちはまことにあやふやな時代を生きていることになる。

<注>
①朝日新聞6月20日夕刊。
②日本経済新聞6月20日夕刊。

投稿者: Naoaki Yano | 2008年08月11日 16:10

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コメント

なるほど!

日本は何もしなくても地震国で地盤が危ないのに、経済的にも砂上の楼閣の上に立たされて、とても危うい状態であることがよくわかりました。

5月に吉野に行ったのですが、日本有数の吉野杉の産地の杉を育てる人がいなくて、杉の山はすでに大荒れになっていました。
昔は50年後に生きる人のために植林をしたのだけれども、今は今日の生活のためだけにしか資本投資ができないので、50年も先のために植林をする人などいないからだ、と地元の人の説明がありました。

投稿者: 安田倫子 | 2008年08月11日 23:23

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