グーグル・ストリートビュー(2008/10)
グーグルが8月から日本でも開始した「ストリートビュー」は、従来の地図サービスに新しく追加された機能だが、道路沿いに一般家屋の玄関先や庭、止めてある車、公園で憩う人びとや通行人の姿などが見える。公道を歩けばだれもが見られる風景をウエブにアップしてもプライバシー上の問題はないというグーグルの言い分には、ひたすら技術の可能性を追求する新興技術者集団の危うさも見てとれる。
技術至上主義が拓く未来とその危うさ
ストリートビューは、グーグルがアメリカで昨年5月から始めたサービスである。これまでも街路図や家並みの衛星写真は見られたが、そこに公道沿いに車を走らせて撮影した至近距離からの写真が加わった。3メートルぐらいの高さから撮っているので、垣根越しの庭の様子まで見える。日本ではまだ東京、大阪、京都、横浜など12都市に限られているが、いずれサービス地域は拡大すると思われる。
アメリカでのサービス開始と同時に、プライバシーの侵害であるとの強い批判が出ているし、私道から撮影した画像が含まれていたのに対しては、訴訟も提起されている。日本でもブログなどで賛否両論が展開されている。公道上から撮影したといっても、本人にとっては見られたくない場合があるし、偶然撮られてしまった“恥ずかしい”写真もある。「不適切な画像」については、報告すれば検討して、場合によっては削除もしているようだ。
たしかに撮影されたものは、そのときに公道を歩けばだれもが見ることのできた風景である。現実には、それを見られたからと言って文句をいう人は、まずいない。だが、そのことと、一定時点で切り取られ記録された光景が、だれにも、いつでも見られる形でウエブ上に提供されることとはまるで違う。
一時、デジタル万引きが話題になったことがある。本屋の店頭でレストランガイドなどの1ページをデジタルカメラやケータイで撮影するのは、雑誌を実際に盗む万引きと変わらないと、書店などが「撲滅キャンペーン」をはった。そこには、本を立ち読みしてレストランの名前や電話番号をそらで暗記するのと、デジタル情報として撮影するのとはまるで違うのだという暗黙の了解があった。目で読み、それを頭で記憶するにはおのずから限界があるが、デジタルカメラは正確にデータを読み取り、量的にも制限がない。同じものを他に簡単に伝えることもできる。
これと同じことがストリートビューにも言える。このサービスは、観光地をバーチャル散策できるとか、家屋を下見して不動産売買に役立てられるなどと言われているが、他方では、空き巣ねらいやストーカーに自分の家の状態を公開しているようなものである。しかも、それが撮影されていることは当の住人にはまったく知らされていない。
一企業が進める新しい事態
問題は、このような新しい事態が、一般の人が十分認識しないままに、グーグルという1企業によって世界的に、しかも猛スピードで進められていることである。総務省主催の研究会に出席したグーグル関係者がストリートビューに触れて、「表札でわざわざ自分の名前を公道に出しているわけだから、(人びとは)プライバシーなんて気にしていないのでは。ネットの世界でだけ気にするというのはどうか」という奇妙な発言をしたことが、傍聴した高木浩光氏によって記録されているが、おしなべてグーグルという会社には、技術を社会的文脈から切り離して、ただひたすら追求する技術至上主義的傾向がある(これは、キーワードをもとのテキストに埋め込まれた文脈から切り離して、単独で取り出す検索行為とよく似ている)。
この種のサービスが、国民感情との適合性、プライバシーや著作権をめぐる合法性といった社会的議論が十分に行われないままに開発されている。もちろん、検索サービスを筆頭に、グーグルニュース、Gメール、グーグルアースなどのサービスが、若い情熱によって開発され、それらのサービスを私たちが無料で享受しているのも事実である。しかし、彼らの猪突猛進的情熱が新たな社会的脅威を生み出しているのも間違いない。
社会的配慮への認識が希薄
不適切な画像があれば削除するという手続きも、一般的にいう「オプトアウト(ある条件の取り扱いについて、事前に該当者の同意を必要とする仕組みがオプトイン、事前の同意を必要としないが、該当者が取り扱いに不満を表明すれば、事後的に解除できる仕組みがオプトアウト)」ではあるが、この場合、あまりに強引である。
だれでも街路の写真を撮ることはよくあるし、背景として人が写っていても、とくに断ることはない。まさに公道だからである。しかし人が中心なら、盗撮は別にして、了解を得る。観光地を散策してしゃれた家屋をカメラにおさめることもあるだろうが、垣根から身を乗り出すように庭を撮ることはしない。どうしても庭を撮りたいなら、家人の了解を得るのが普通である。
ストリートビューにはこのような社会的配慮がまるでない。知らないうちに撮影してウエブに公開してしまう。基本的には、切り捨て(無断撮影)御免的手法である。そして、それらのサービスがビジネスに利用され、グーグルの利益に結びつく。
デジタル情報化が進めば進むほど、この種の問題は増えてくる。情報社会においてさまざまな便益を享受するためには、個人情報に対する考え方をよりオープンなものに変えざるを得ない面もある。だからこそ、この辺をめぐる社会的合意が必要なのだが、そのことに対する認識が、グーグルのみならず、社会的に希薄である。
イギリスの活動家グループが、二十数社のIT企業のプライバシーに対する取り組みを分析した報告書で、グーグルを「プライバシーに敵対する(hostile to privacy)」として最下位にランク付けをしたのも、その企業の影響の大きさを考えると、十分納得できると言えよう。
投稿者: Naoaki Yano | 2008年11月02日 22:39