摘発されたネット中傷(2009/3)
警視庁は2月、お笑いタレント(以下、Kさんと表記)のブログに「殺す」などと書き込んでいた女性会社員(29)を脅迫の疑いで書類送検した。ほかにもKさんに関する事実無根の中傷記事を書き込んでいた18人を名誉毀損の疑いで書類送検するという。ネット上に氾濫する、匿名を隠れ蓑にした無責任な中傷記事に対して、警察が摘発に乗り出したわけである。
激しい言葉を無造作に書きつける「心の傷」
新聞報道などによると、彼らは1989年(平成元年)に起きた都内の女子高生コンクリート詰め殺人事件にKさんが関与したと決めつけて、インターネットの掲示板やKさんのブログに「人殺し」、「犯人のくせに」などと悪質な中傷記事を書き込んでいた。
コンクリート詰め殺人事件は、複数の少年が女子高生を誘拐して乱暴したうえ、仲間の1人の自宅2階に監禁、1カ月に及ぶさまざまな暴行のあげくに死なせ、ドラム缶にコンクリート詰めして捨てたきわめて残忍な犯行だった。4人の少年が逮捕され、すでに実刑判決を受けているが、その残虐な行為によって少年法のあり方があらためて議論された事件でもある。
Kさんのブログによると、事件10年後の1999年からインターネット上に彼が犯人の1人であるといった書き込みが現れるようになった。Kさんは2008年に自分のブログを開設、8月に「自分は犯人でもないし、犯人たちと面識もない。事件には何の関与もしていないし、それをお笑いのネタにしたこともない。すべて事実無根である」と書き込んでいる。
約10年にわたって、このような中傷が書き続けられており、その後も止まらず、今回の摘発に結びついた。書類送検された女性は「他の人の書き込みを信用した。反省している」と述べたらしい。
45歳の国立大職員も
摘発されたのは札幌市の女子高校生(17)から、千葉県松戸市の会社員(35)、大阪府高槻市の国立大職員(45)まで、地域も年齢もさまざまな人びとである。たぶんお互いに面識もない彼らが、インターネット上の書き込みを安易に信じたばかりではなく、自分もいっしょになって書き込みをしていた。
警察が摘発に乗り出した直後、Kさんはあらためてこの事件についてブログで、所属事務所のホームページなどで、書き込まれた内容を否定し、掲示板への削除依頼もしてきたが、悪意のある書き込みは無くならず、「インターネット上のみならず、所属事務所や仕事先にまで誹謗中傷のメールや電話があり、このままでは私自身の生活・仕事に影響があるのみならず、家族や友人に不安な思いをさせてしまうと考え、警察と相談の上で被害届を出させていただきました」と書いている。
2008年6月の秋葉原通り魔事件の直後にも、掲示板に何らかの犯行を予告する書き込みが十数件あったが、警察の調べに対して、「実際に犯行を実行するつもりだった」と供述したケースはなかったという。また、文部科学省の調査によると、群馬、静岡、兵庫3県の「学校裏サイト」の書き込み内容を分析したところ、そのうち50パーセントに「キモイ」、「うざい」など特定個人を中傷する言葉があり、37パーセントに性器などわいせつな用語が書かれ、27パーセントに「死ね」、「殺す」など暴力を誘発する言葉が含まれていたという。
アップされる瞬間的な感情
彼らはなぜ無造作に他人を誹謗中傷するような書き込みをするのだろうか。匿名を隠れ蓑にした卑怯な行為には違いないが、それ以前の現在ネット社会の「心の傷」といったものが感じられる。ここには「書く」という行為に対する主体的な心構えはほとんどない。
かつて、信心深い人びとは他人を中傷したり、恨んだり、憤ったりする気持ちが自分の心に浮かぶことすら怖れ、自らに恥じ、それを口にすることを慎んだ。あるいは、それを口にしたとしても、周囲の人びとが聞き咎めた。文字にするようなことは、ほとんどなかった。現実世界とサイバー空間が直結し、人の心も、社会のありようも、タガが外れてしまっている。
コンクリート詰め殺人事件では、女子高生が監禁されていた部屋の1階には少年の両親が住んでおり、たまには女子高生が階下に降りてきて食事をしたこともあったらしい。にもかかわらず親たちは、息子の友だちや女子高生に基本的に無関心だった。
つい気軽に書き込みをしてしまうのをどう制御すべきか。Kさんに対する誹謗中傷は今回の摘発でたぶん一気に消えるだろうが、この問題を警察の取り締まりだけに委ねるわけにもいかない。技術の欠陥を技術で解決する戦法をとれば、投稿するまでに数度の確認をするシステムにすればいいという意見も出てこよう。だが、みずほ証券株誤発注事件に明らかなように、ひとはエラーメッセージになれてくると、それを簡単に無視してしまう。やはり、デジタルメディア(IT社会)に対するリテラシー教育を執拗に続けるしかないのではないだろうか。
摘発直後にKさんが感謝の気持ちを述べた2月5日の書き込みに対するコメントが、なんと3210通もある。今度はそのほとんどがKさんに対する同情と激励だが、この数の多さが、また考えさせられる。瞬間的な感情をどっとアップするという点では、誹謗中傷の場合と共通しているように思われるからである。
投稿者: Naoaki Yano | 2009年03月31日 22:14