« スーザン・ボイルの奇跡(2009/6) | メイン | クラウド・コンピューティング(2009/8) »

2009年08月02日

出版業界への大日本印刷の攻勢(2009/7)

 全体システムの長年に及ぶ制度疲労に悩む出版業界は、主役である出版社、取次、書店が三つ巴の危機に見舞われてすでに久しい。そこへ傍流である印刷業界から、大日本印刷が大がかりな攻勢をかけている。

出版社、取次、書店、三つ巴の制度疲労に喝?

 大日本印刷の動きを年代順に並べてみよう。

 2008年8月、大日本印刷は書店の丸善への出資比率を51パーセントに引き上げ丸善を子会社化。あわせて図書館への販売を手がける取次、図書館流通センターとも提携強化へ。
 2009年3月、書店、ジュンク堂の株式51パーセントを取得し、業務提携へ。
 同年5月、出版社、主婦の友社の筆頭株主に。講談社、集英社、小学館などと共同でブックオフの株を29パーセント取得(大日本グループは16パーセント)。   

 出資が取次、書店、出版社と、出版3グループのすべてに及ぶばかりか、従来の出版流通システムの鬼っ子とも呼ばれる新古書店、ブックオフも巻き込んでいることが注目される。従来、印刷会社は出版社から書籍の印刷を受注するだけで、業界全体からみればむしろ傍流的存在だった。本や雑誌は、出版社がつくり、書店が売る。その間を取次が仲立ちし、配本から金融まであらゆる業務を担ってきた。

 この従来の出版システムが、本が売れなくなったという大状況と情報のデジタル化で、大きく揺れているのである。

 従来の小規模な書店(俗に駅前書店と呼ばれる)は、1970年代後半以降、年間1000店程度のペースで閉店に追い込まれてきた。これに代って進出したのが、郊外型書店やチェーンなどの大型書店である。店頭には取次のコンピュータ配本によって、ベストセラー、ハウツーもの、文庫や新書、雑誌などが並び、書店の風景は一変した。本好きな「読書人」が姿を消し、郊外型書店には同じような本ばかりが並び、「買いたい本がない」とも言われてきた。

 一方で、「本が売れないのに出版点数はほとんど変わらない」、「新刊点数は逆に大幅に増える」という異常事態が恒常化し、結果として40パーセントもの書物が売れないままに出版社に返本され、あえなく断裁(廃棄処分)されるという状況も出現していたのである。

ブックオフは「鬼っ子」

 混乱の遠因は、一般商品とは違う書籍特有の販売システムにある。それは、一定期間に売れなければ返品していいという委託販売制度と、書籍(新聞も)の全国一律定価を可能にしている、独占禁止法の例外、再販売価格維持制度(再販制)である。
 
 本は買い切りではないので、書店は仕入れに目利きを働かせる必要がない。結局は、取次のコンピュータ配本に頼る安易な経営を生んだし、本が売れないにもかかわらず、いや、むしろ売れないからこそ出版社は、すでに代金を受け取っている本が取次経由で書店から戻ってくるときの費用を捻出するために、より多くの新刊を出して売り上げを立てるという、まさに自転車操業を繰り返してきた。

 ブックオフは、その間隙をぬって生まれてきた、まさに「鬼っ子」的存在である。町の書店の「読者」が郊外型書店の「消費者」に変わった時、本は読み終えたら捨てられる消耗品になった。そうして登場したのが、本のリサイクルともいうべき新形態の古書店で、その典型が「ブックオフ」である。

 1990年に最初の直営店が神奈川県相模原市に開店、今では全国に1000店以上のチェーン展開となっている。新古書店が従来の古書店と違うのは、価格設定がまったく本の価値とリンクしていないことである。不要になった本を定価の1割程度で買い、「新しい本」、「きれいな本」を定価の5割程度で売る。汚い本や古い本、一定期間に売れなかったものは一律、百円コーナーに。従来の古本屋では、本の内容(メッセージ)の価値が重視され、絶版本とか、貴重本は定価よりもはるかに高くなったりするが、新古書店では、本の内容への考慮はほとんどない。
 
 ブックオフを舞台にして、出版社→ブックオフ(出版社の中古としての直接卸し)、ブックオフ→書店→出版社(書店がブックオフで買った新品同様の本を返品扱いにして出版元に返す)、書店→ブックオフ(ブックオフに売るための書店での万引き)といった合法、非合法なアングラ・ルートが存在しており、本の流通システムは破綻寸前といっていい。

 そこへ出版の電子化が追い打ちをかけている。本のDTP(デスクトップパブリッシング)制作、CD-ROMなど新メディア、アマゾン・コムなどのオンライン書店、あるいはオンデマンド出版など、デジタル化の波はすでに何度もボディブローを受けてきた出版業界への最後の一撃とでもいうべきショックをもたらしている。

大日本印刷の野望

 そこに割り込んできたのが大日本印刷である。日経ビジネスオンラインに「大日本印刷がブックオフに出資した理由」と題する、大日本印刷の森野鉄治常務への興味深いインタビュー記事が載っており(聞き手は井上理記者)、「僭越ながら、私たちが新しいビジネスを提案」というサブタイトルがついている。

 森野常務の発言から興味深いものを拾ってみると、①書籍の返品率40パーセントというのは、印刷する側から見ても、「売れても、売れなくても、印刷代をもらえればそれでいい」と、ただ放置しておくことはできない。②インターネットを中心に情報の無料化が進んでいるが、「知」はやはり商品への対価が得られる仕組みの中で再生されるべきである。③図書館流通センターのデータベースをもとに、出版業界の新しいプラットホーム(流通の仕組み)を作りたい。これを出版業界に採用してもらうことで、出版業界が活性化し、その結果として印刷の受注が増えることを願っている。④ブックオフが本の流通を乱している部分は正していきたいし、ICタグを導入することで流通正常化を図りたい。⑤電子情報端末の開発にも意欲的に取り組む。と言ったところである。

 出版業界を抜本的に改革しようという大日本印刷の並々ならぬ意欲が感じられる。これまでの流通の要だった取次への影響が一番大きそうだが、さて、これからどういう展開があるだろうか。「総メディア社会」の激震がいよいよ高まってきた。

投稿者: Naoaki Yano | 2009年08月02日 13:35

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cyber-literacy.com/scripts/mt/mt-tb.cgi/143

コメント

コメントしてください




保存しますか?


Copyright © Cyber Literacy Lab.