ディスプレイから立体が飛び出す3D映像の世界(10/3)
ジェームズ・キャメロン監督のハリウッド製3D(三次元)映画「アバター(AVATOR)」が大ヒットし、同監督が十数年前に「タイタニック」で樹立した全世界興行収入の最高記録を塗り替えたという。また2010年は「3Dテレビ元年」になるとも言われている。平面映像から立体映像へと、時代は大きく動いているようだ。
映画「アバター」の舞台は22世紀、地球から5光年離れたアルファ・ケンタウリ系惑星・ポリフェマスの衛星、パンドラである。原住民ナヴィ族は、身長3メートル、皮膚は青く、長いしっぽを持っており、自然と一体化した牧歌的な生活を営んでいる。鉱物資源の宝庫であるこの星を支配するために、地球から人類がやってくる。人類と原住民との間で争いが起こり(人類が一方的に侵略しようとする)、そこに人類の若者と族長の娘の恋がからむという、いかにもというストーリーだが(宮崎駿のアニメファンであるキャメロン監督は、映画の一部が「もののけ姫」のオマージュであると公言しているとか)、主役の若者が原住民をモデルとした肉体、すなわちアバターに入り込んで、原住民に接近するところがSF仕立てというか、今ふうである。
アバター=自分の分身
アバターというのは、ゲームやインターネットの世界ではもはや周知の、「自分の分身となるキャラクター」である。男性が女性になることも、年長者が若者になることも、もちろん犬や猫になることも、机や椅子になることも自由自在、アバターという仮の姿になって、ゲームの世界に入っていくわけである。
映画では、人類はパンドラの大気を吸えないので、人間とナヴィのDNAを組み合わせたナヴィそっくりの肉体をアバターにしている。人間の意識を特殊な装置を使ってアバターに連結させるわけで、ドライバーになる若者は、地球上の戦争で負傷して下半身不随になった元海兵隊員。アバターに入り込むことで再び自由な肉体を得た主人公がはしゃぎまわるところは微笑ましい。
ナヴィに「身をやつした」主人公は、情報を収集するスパイとしてナヴィ族の生活に入っていくが、そこでさまざまなドラマに遭遇しながら族長の娘に恋し、人類の横暴な破壊活動に抵抗するようになる。これが映画のソフト面での仕掛けである。
ハード的には、コンピュータ・グラフィックスをふんだんに使った三次元映画だということである。だから専用メガネをかけて見る。これ自体は特別新しいことではないが、キャメロン監督は全編を3Dで撮影するため、自ら開発したカメラシステムを使用、従来の3Dにはなかった自然な立体映像を作り上げている。
コンピュータ・グラフィックスは「タイタニック」でも使われているし、スティーヴン・スピルバーク監督の「ジュラシック・パーク」などですでに有名だが、「アバター」ではパンドラのジャングルや山などの自然、さまざまな動物、戦闘機、鳥に乗ったナヴィ族と人類の派手な空中戦、主人公や動物たちのアクション──、それらの多くがコンピュータ・グラフィックスで作られている。宙に浮かぶ不思議な山も出てくるが、これはまさにコンピュータ・グラフィックスでしか描けないだろう。
ちょっと余談だが、この山に良く似た風景が中国、湖南省張家界にあるらしい。地元の観光開発会社員がそのことに気づき、インターネットで宣伝したが、一方でキャメロン監督が中国メディアのインタビューで、安徽省の黄山に「インスピレーションを得た」と語ったことから、張家界と黄山でモデルの本家争いが起こり、中国メディアで盛んに報じられたという(1)。映画の宣伝臭を割り引くにしても、「ハリウッド映画、中国観光地を騒がす」の図はがなかなか興味深く、話題の多い映画であることは間違いない。
3Dテレビ・3Dプリンタ
3Dテレビの方は、パナソニック、ソニー、東芝が2010年春から秋にかけて売り出すという。これを楽しむためには、3D映像を収録したブルーレイ・ディスクや再生機、専用メガネが必要だし、なによりも3D用の映像作品が不可欠である。地上波テレビで3D作品が放映されるようになるのはまだ先の話で、当初はゲームが中心になると思われる。テレビそのものもまだ高価で、すぐ普及するというわけではないが、白黒からカラーへ、ブラウン管から薄型へと進化してきたテレビが、いま平面から立体へと移りつつあるのは確かで、いずれはテレビと言えば、3Dの時代が来るかもしれない。
3Dプリンタというのもある。ふつうプリンタと言えば、平面的な紙に印刷するわけで、型紙をとってそれを印刷、後から立体にすることは可能でも、プリンタそのものはあくまで平面だった。3Dプリンタは立体そのものを創り出してしまう。
すでに工業部品のプロトタイプ作りなどで実用化されており、石膏とかプラスチックを材料に、コンピュータに入力されている3Dデータから立体を作り出して(プリント)しまう。カートリッジ化したひも状プラスチックを加熱して液状化、これを積み上げていくようにしてギアなども生成できるという。
いまのところ使う素材が限られているので、オリジナルと同じものができるわけではないが(オリジナルがプラスチックなら、オリジナルと同じものができる理屈である)、3Dデータから立体を生み出すことができるわけだから、便利な素材が開発されれば、日用品なども生成可能ということになる。
ディスプレイからゲンコツ
数年前、CGアーティストの河口洋一郎東大教授が、でこぼこして波打つような画面から突然ゲンコツが飛び出して聴衆をポカンと殴る、みたいな作品を作りたいと言っていたことがある。
すでに何度も書いていることだが、これからはサイバー空間と現実世界の交流がどんどん多様化するだろう。前号で紹介したツイッターは、両者をリアルタイムでつなぐ仕掛けだったが、コンピュータの中から立体が飛び出し、サイバー空間と現実世界が立体交差する時代も、もはや夢ではなくなってきた。
<注1>朝日新聞2010年2月10日付朝刊国際面
投稿者: Naoaki Yano | 2010年04月03日 21:31