「サイバー空間」の新たな開放をめざす(10/8)
7月8日から東京ビッグサイトで開かれていた東京国際ブックフェアに出かけて、様変わりした会場に驚いた。ブックフェアだから書籍と出版社のお祭りなのだが、そこにグーグル、NTT、日立などいわゆるコンピュータ・通信関連企業が大挙して出展、電子ブック端末や電子情報サービスが一つの目玉になっていた。
コーナーとしても、デジタル・パブリッシング、学校向けセキュリティ、教育用ハードウエア、Eラーニングなどが設けられ、伝統的な書籍コーナー以上のにぎわいだった。グーグルは書籍検索サービスを売り込み、日立は学校の教室などで使える電子黒板をデモしていた。
ブックフェアのにぎわい
日立の電子黒板はインターネットで外国地名を検索、地図を画面に表示できるし、ウイキペディアの説明も呼び出せるなど、電子黒板を通じて教室が世界に直接つながる。先月号でアイパッドは「総メディア社会」の象徴的ツールだと書いたけれど、書籍の世界がデジタル化の波に飲み込まれているだけでなく、全世界の情報がデジタル化され、それを閲覧する道具がさまざまに開発されているわけである。
あらゆる情報がサイバー空間に蓄積され、日々増え続けている。私たちはこの電子情報の大海をどう把握し、どう行動していけばいいのだろうか。これからの全人類が直面する大問題だと言っていい。
弁護士の牧野二郎が最近出版した『Google問題の核心』(岩波書店、2010)は、この問題を考えるヒントを提供している。
サイバー空間の情報を引き出す一つの道具が検索サービスである。グーグルは膨大なサイバー空間の情報を独自のロボットを使って収集、それをコンピュータでインデックス化、編集している。このような検索サービスは、ヤフー、中国のバイドゥ(Baidu)、韓国のネイバー(NAVER)など全世界で200ほどあるらしい。
これらの検索サービスが各々独自に情報を収集、膨大なデータを編集、インデックス化してユーザーに提供しているのだが、著者はこの現状を、
①各検索サービスが個別にデータベース化しているのは壮大な無駄である
②各検索サービスは情報編集の基準を公開していないから、彼らが提供する情報は、サイバー空間全体の情報の公正な反映ではなく、それぞれのバイアスがかかっている
と指摘している。
拡大するサイバー空間
②に関して言えば、たとえば「グーグル八分」という言葉があるように、グーグルの検索サービスからはじかれると、現実には存在するウエブがユーザーからは見えなく(存在しないものに)なってしまう。しかも、パスワードなどで管理して検索エンジンには引っかからないように工夫したいわゆる「深層ウエブ(deepweb)」もあるし、デジタル化されずに保存されている多くの書籍情報や図書館情報もある。「深層ウエブまで含めると現在の検索エンジンは、全情報量の0.1%しか検索できない」という調査結果も紹介されている(P49)。
実は、これらの情報も含めてデジタル化して新たに提供しようというのが、グーグルの書籍検索サービスのねらいでもある。だからグーグルはグーグルで、自らが掌握する情報をより豊富にするための努力をし、「唯一のデータベース」を構築しようとしているわけだが、サイバー空間の根幹にかかわるデザイン(制度設計)を一企業に任せていていいのだろうか。
構造分離をめざす
「グーグル問題の核心」は、まさにここにある。著者は、この現状に対して、以下の二つの大胆な提案をしている。
①各検索エンジンが独自に、しかも部分的に情報を収集する必要はもはやない。膨大でしかも日々増殖しているサイバー空間そのものを一つのデータベースと考えるべきである
②その上で、これらのデータを公正な基準でインデックス化すべきである。
サイバー空間をグーグルなどの検索サービスが秩序づける状況から解放して、サイバー空間全体の姿をそのままに生かしつつ、各種のインデックス作成を行えばいいというのが著者の構想である。データベースとインデックスの分離提案でもある。
サイバー空間そのものを公共財として、これを有効に利用する方法を公的に考えようということだろう。
著者は、その意図をこう説明している。「クローラ(検索ロボット=矢野注)は生成する情報を捕捉するセンサーとして、常に探索解析を行うが、データの複製は採らず、必要な範囲の『インデックスデータ』を収集するにとどまるものとする。情報の全複製は持たずに、ネットそのものを一つのデータ・サーバとして位置づける。そしてデータ・サーバとして稼働させるために、統一的なインデックスによって関連付けようという発想である」(P125)。
これは、検索エンジンなどによって囲い込まれた、本来はコモンズ(共有地)であるべきサイバー空間を新たに全面開放する試みと言っていい。
もちろん、このような世界規模のサイバー空間再構築をどのようにして実現できるのか。政治的にも、技術的にも解決すべき問題は多い。そもそも、このような大胆な試みを実現に向けて駆動させる力が、私たち(全人類)にあるだろうか。
フランスでは早くからグーグルに対抗する独自の検索エンジン開発に取り組んでいるし、日本でも経済産業省が音頭をとった国産検索エンジン開発プロジェクトがあるにはあるが、現段階では、グーグルに対抗できるようなものではない)。
問題は山積しているが、このような制度設計が必要な時代に来ていることは間違いない。著者の提案が投げかけている問題はとてつもなく大きい(一方で、デジタル化が情報の質に及ぼす影響も無視できないだろう)。
投稿者: Naoaki Yano | 2010年09月13日 21:25