「パソコン」から「多機能端末(iPad)」へ
縦24センチ、横18.5センチ、厚さ1.5センチ弱、重さ700グラム。日本でも5月末に発売されたアップルの電子情報端末、アイパッド(iPad)の仕様である。同じアップルのアイフォン(iPhone)が先鞭をつけ、グーグルの基本ソフト「アンドロイド」を使った機種も登場している多機能携帯電話、スマートフォン。アイパッドより早く、アマゾンが売り出したキンドルなどの電子書籍端末。「総メディア社会」の主役が続々登場してきた。
アイパッドのつくりは、表面の真ん中下にホームボタン、右上に電源スイッチ、横に画面の向きを縦横でロックするボタンと音量調節端子、下にアイパッドとパソコンとつなぐ接続端子があり、左上にはイヤホンジャックがあるだけ。板のような姿かたちからタブレット・コンピュータとも、画面上のアイコンを指でタッチして操作するからタッチスクリーン・コンピュータとも呼ばれる。
「電子ブック」という呼び名
従来のノートパソコンからディスプレイだけを独立させた感じで、形態としても機能としても本を連想させることから「電子ブック」と呼ばれることもある。しかし、この新しい電子メディアは、「書籍」であり、「新聞」であり、「雑誌」でもあり、そして「テレビ」でもある。
本のようなスタイルの自由に携帯できる新しい「マルチメディア」端末が出現したわけで、だからこれを「多機能携帯端末」と呼ぶのが、とりあえずふさわしいかもしれない。私たちは、「パソコン」や「ケータイ」とは違うまったく新しいメディアを得たのであり、これこそが「総メディア社会」を象徴するツールだと言ってもいい。
かつて映画「2001年宇宙の旅」で宇宙飛行士が見ていた薄い電子ペーパー型メディアを思い出させるが、まだ片手で持つにはやや重いし、紙のようにくるくると巻き込んだり、折りたたんだりすることはできない。その点まだ発展途上である。
機能的には、膨大な数の書物が収納できるし、図版、写真、動画、音声なども自由に取り込める。まだ英語版だけだが、本文を読みながらわからない単語をクリックすると辞書が出てくるなど、紙のメディアとは違う新しいサービスもある。画面のアイコンを手で触れてファイルを開いたり、指を左から右へ、あるいは逆にさっとなでると、ページが変わったり、操作が簡単だから、子どももゲームや絵本を楽しめる。
急ピッチで進む電子書籍化
電子情報端末をめぐる業界の動きもめまぐるしい。さまざまな本がすでにデジタル化され、売り出されているし、大手出版元の講談社はアイパッドの販売にあわせて京極夏彦の新刊『死ねばいいのに』を電子書籍として販売することを発表した。
紙の方は税別で1700円なのに対して電子版は900円(2週間はキャンペーン価格700円)だという。電子書籍は紙代をはじめ、印刷費、製本費はいらないし、本の発送も必要ない。取次、書店などの流通経費もかからない。そのため半額に近い価格に設定したという。
『パラサイト・イブ』が話題になった作家、瀬名秀明たちは、出版社を通さずに直接電子書籍を出版する準備を進めている。すでにウエブ上に電子雑誌「Airエア」を立ち上げ、アイパッドやアイフォン用に販売を始めるという。本のあり方も、流通形態も様変わりしつつある。
ソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社は書籍のネット配信を手がける新会社を7月に設立した。IT業界そのものも、アップルの動きをにらみながら、グーグルとソニー、ヤフーとノキアなど、世界規模での合従連衡が始まっている。
また総務、文部科学、経済産業の3省は、日本語書籍を電子化するための規格を統一する方針を決めた。出版社が電子書籍作成にかかる時間やコストを省き、幅広いコンテンツの電子化を促すという。
電子ブックは書籍ばかりでなく、新聞を読む端末としても利用が進むだろう。たとえば産経新聞社が現在無料で提供している全デジタル紙面をアイパッドで見ると、紙の縮刷版よりやや小さい程度で、見出しを見るには問題ないし、活字も読めないわけではない。読みたい記事に親指と人差し指を持っていき画面上で広げると、文字は拡大する。画面をタッチしなが上下左右に動かして、拡大した記事を読める。
パソコンで編集した書類をアイパッドに取り込んで再編集、それをパソコンに戻すこともできるし、無銭LANでインターネットにつなげてメールの閲覧もできる。ノートパソコンに慣れた人にとっては、タッチパネルのキーボードは使いにくいなどの問題はあるが、これからの子どもたちは、タッチスクリーン方式になれてしまうだろう。「電子ペーパー」など関連技術の進歩にも多くを負っているが、メディアが紙から電子へと大きくシフトしつつある。
アラン・ケイの「ダイナブック」
パーソナル・コンピュータの父とも言われるコンピュータ科学者、アラン・ケイが子どもでも簡単に使える未来のコンピュータとして「ダイナブック」を構想したのが40年近く前である。アイパッドとダイナブックの仕様がよく似ていることから、「パーソナル・コンピュータもやっとアラン・ケイが構想したものに近づいた」、「ジョブズはアラン・ケイからアイデアを盗んだ」、「アイパッドはアラン・ケイが夢見た、子どもでも自由にプログラムできるマシンとはほど遠い」など、さまざまな議論も呼んだ。
ケイが1972年に書いた「子どもたちのためのパーソナル・コンピュータ」という論文に描かれた1枚のイラストは、少なくとも外見では、アイパッドによって実現されたようにも見える。「未来を予測する確かな方法は、それを作り出すことである」といった彼の言葉が思い出されるが、たしかに時代は大きく変わりつつあると言えるだろう。
投稿者: Naoaki Yano | 2010年09月13日 21:17