« 「サイバー空間」の新たな開放をめざす(10/8) | メイン | ハーバード白熱教室とIT社会の「倫理と法」(10/10) »

2010年10月27日

グローバルな内部告発サイト(WikiLeaks)が投じた一石(10/9)

 インターネット上に開設された「ウィキリークス(WikiLeaks)」が7月下旬、米国のアフガニスタン戦争に関する機密情報7万6000余件を公開した。米国内部からの情報流出も疑われ、ゲーツ米国防長官はただちに米メディアで「公開は無責任だ」と非難したが、グローバルな内部告発サイトが投じた一石は大きい。

 ウィキリークスは匿名で政府や企業に関する機密情報を投稿できる「内部告発」サイトである(オンライン百科事典として有名なウィキペディアと同じシステム)。オーストラリア人のジュリアン・アサンジュ氏が、欧米のジャーナリストや中国人反体制活動家らと立ち上げたと言われる。

アフガン戦争の機密公開

 7月25日に公開された情報には、米軍秘密部隊が誤った攻撃で市民を殺害した、パキスタンの情報機関がタリバーンに接触し過激派組織を育成している、米中央情報局(CIA)が軍事活動を拡大し空爆も実施している、などが含まれている。さらに同種の情報1万5000件も近く公開するという。

 これに対して、ゲーツ国防長官は「結果の重大性を省みていない」と情報公開を強く非難した。駐留米軍に協力するアフガン人の情報も含まれており、アムネスティ・インターナショナルなどの国際人権団体も、身の危険にさらされる恐れのある個人名を削除するよう要請した。

 ウィキリークスのサイトによれば、同サイトは内部告発者(whistleblower)やジャーナリスト、反体制活動家などが入手した重要資料を公開するのを手助けするために開設された。政府や企業は、情報を人びとに公開し、積極的な議論を積み重ねることが民主主義社会の良き発展に不可欠だという信念も表明されている。

 彼らの念頭にあるのは、有名な「ペンタゴン・ペーパーズ」公開事件のようだ。

 ベトナム戦争末期に近い1971年6月、ニューヨーク・タイムズ紙は、ランドコーポレーションの職員、ダニエル・エルズバーグ氏から入手した「ペンタゴン・ペーパーズ」の掲載を開始した。これは国防総省が作成したベトナム戦争に関する極秘文書で、北爆開始の理由とされていたトンキン湾事件はでっち上げだったなどの情報が含まれていた。ニューヨーク・タイムズは文書入手後3カ月の検討を経て、「政府からどのような攻撃が行われようと、国民に知らせるべき文書である」と掲載に踏み切ったもので、ベトナム戦争終結に大きな影響を与えた。

 この事件は、ほどなくして起こったニクソン大統領をめぐる「ウォーターゲート事件」のワシントン・ポスト紙の報道とともに、代表的な調査報道とされている(彼らが事件を報道しなければ、真相は永久に闇に埋もれたままだった)。
 
 ニューヨーク・タイムズが記事を掲載すると、ホワイトハウスは記事差し止めを求め提訴したが、連邦最高裁で却下された。ウィキリークスのサイトは「自由で制約のない言論活動こそが政府の虚偽を暴きだせる」という連邦最高裁判決の一文を紹介している。

三大紙との連携作戦

 ペンタゴン・ペーパーズ事件はニューヨーク・タイムズの報道で国内外に大きな反響を呼んだが、基本的にはアメリカ国内の話だった。ウィキリークスが公開した米軍のアフガニスタン関連資料は、アメリカのニューヨーク・タイムズ、イギリスのガーディアン、ドイツのシュピーゲルという世界の代表的新聞社に事前に流され、ウエブと紙のメディアの同時公開だった。

 信頼できる大手新聞社で内容を吟味する慎重な手続きをとったわけだが、世界同時のグローバルな活動こそがウィキリークスの真骨頂と言える。同サイトは「政府の誠実さを確保するのはその国の国民だけでなく、外からこれを眺めている他の国の多くの人々でもある」と述べている。

 私はかつて、これからは紙のメディアから離れて、オンライン上に「ジャーナリズム・プラットホーム」を築き上げるべきだと述べたけれども(1)、ウィキリークスの試みは、その点でもきわめて注目される。

運営方針は試行錯誤

 ウィキリークスの活動の多くは人びとの寄付によって支えられているという。組織実態は代表者以外にはっきりしたことはわからない。このサイトが新しいオンラインジャーナリズムを担うものに発展するのか、あるいはただの暴露サイトで終わるのかは、現段階ではなお不透明だと言えよう。

 運営方針も試行錯誤の段階にある。

 暗号技術を使うことによって、投稿者の情報は厳重に秘匿されるようだが、ウィキペディアのようにだれもが自由に投稿できるとしていた当初の方針は、事前に内容を吟味するよう改められた。ウィキペディアやユーチューブのように、誰もが自由に投稿できるようにすれば、虚偽情報や歪曲情報、あるいはスパム情報などでサイトは混乱し、ジャーナリズムとしての信頼性は大きく損なわれる。また慎重に扱われるべき個人情報が暴露されれば、プライバシー侵害や名誉棄損などの事態を招くことにもなるだろう。

 地域が限定されている紙の情報とは違い、一気に全世界に広がるオンラインならではの慎重さが必要だろうが、一方で、同サイトが北欧の小国、アイスランドを活動拠点にする計画だと報じられるなど、それこそグローバルな対応もまた可能である。朝日新聞の報道によれば(2)、アイスランドは「情報源保護などの環境を整え、調査報道を進めやすい言論の自由の聖地」にする計画だと言い、同サイトはそれを支援しているという。

 スウェーデン検察当局は、8月下旬、同国滞在中のアサンジュ氏を婦女暴行容疑で指名手配したが、これに対してアサンジュ氏はツイッターで「告発は根拠がない」とただちに否定、当局が一日もたたないうちに手配を取り消すという事態も起こっている。ウィキリークスをめぐる動きは激しい。

(1)矢野直明『総メディア社会とジャーナリズム』(知泉書館、2009)
(2)2010.8.17付朝刊

投稿者: Naoaki Yano | 2010年10月27日 14:04

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cyber-literacy.com/scripts/mt/mt-tb.cgi/158

コメント

コメントしてください




保存しますか?


Copyright © Cyber Literacy Lab.