大津市いじめ事件報告書を読む(2013年/3)
大津市立中学校で起こったいじめ事件に関して、市が設置した第三者調査委員会(委員長・横山巌弁護士)は1月末日、越直美市長に報告書を提出した。学校、教育委員会、生徒、教師、PTAや地域の動きなどを丁寧に調査した上で「中学生の自殺はいじめが原因」と明確に認定している。報告書を読んで感じたことを記しておきたい。
大津市のいじめ事件については、本連載でも取り上げたことがある(昨年9月号)。そのとき、事件の背景としての地域コミュニティの崩壊にふれたが、調査報告書にその一端がよく表れている。
最初に結論ありき
報告書はA5判に横書きで印刷された冊子で、全231ページ。新書1冊分くらいの分量である。骨子は、①自殺したA君に対するいじめが学内で常態化していたにもかかわらず、担任をはじめとする学校側がそれをきちんと認識しなかった、②2011年10月にA君が自宅マンションから飛び降りて死んだ直後から、学校側はA君の死といじめの因果関係を否定したいというが前面に出て、生徒へのアンケート調査の全容も公表せず、下旬には自殺といじめの関係をあいまいにした(「いじめと自死の関係を不明と結論づけた」)まま、早期決着をはかろうとした、③A君の家庭にむしろ問題があった(自殺の遠因である)という広く行き渡った話は、「組織の体面を掛けても、いじめと自死との因果関係を否定したいという動機が、こうした虚構を作り出し、いつの間にか、そのストーリーが真実味を帯びて信じられていった」もので、「『虐待家庭』であるというレッテル」をはるような行為は「人倫に反するものとして、二度とあってはならないものである」などである。
②に関しては、事件3日後に弁護士からの助言をまとめた市教委指導主事のメモに、<アンケート集約結果/結論>として、<ステップ1「事実」確定→◯、ステップ2「いじめ」認定→◯「ここまでのライン」認める方向で、ステップ3「因果関係認定」→☓「認めない」>とあったという。生徒が自殺したことの真相を探る前に、早々と訴訟を意識した対応がなされ、そこではいじめの事実は認めるが、自殺との関係は否定するという態度が確認されていたわけである。
③に関しては、「学校は、市教育委員会と同様に、いじめと自死との関係を絶ちたいとの潜在的な意向から、『家庭問題』という虚構に乗ったのではないか」と推測している。また「Aの自死直後に派遣されたスクールカウンセラーは、校長や教頭からAの家庭問題他に関する情報提供を受けてカウンセリング活動を始めた」と推測されると述べ、生徒へのカウンセリングが管理職から見える状況で行われているなど、当事者に対して中立とは言えない専門家のあり方にも批判を投げかけている。
「いじめの透明化」
報告書は、A君が在籍したクラスは「学級規律の乱れと、Aに対するいじめが日常化しており、精神科医の中井久夫の言説を借りれば、『いじめの透明化』の段階」にあった、と述べている。「繁華街のホームレスが見えないように、選択的非注意という心理的メカニズムによっていじめが行われていても、それが自然の一部、風景の一部としか見えなくなる」との指摘である。
「いじめの透明化」には、なるほどと合点させられる。1990年代にジュリアーノ・ニューヨーク市長が実践して広く知られることになった「割れ窓理論」は、「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていない象徴になり、やがて他の窓も壊される」というものである。
学校当局者が、むしろ現場から離れて外部の地域の有力者と事後相談をしていたことについては、「学校関係者、特に校長、教頭といった管理職が、しばしば地域関係者に状況説明と称して訪問している。しかし、緊急事態が発生している状況下にある場合、危機管理をしなければいけない管理職が、地域関係者への説明のためにその職を離れることはいかがなものか」と疑問を呈している。
また事件による混乱の中で学校現場が、学校としての機能不全に陥り、「結果的に加害者への指導を放棄したことは、加害生徒の成長・発達を保証できないで放置したことにつながった」として、学校の教育責任を厳しく指摘している。報道陣の強引な取材のあり方、報道した事実に対する批判もあった。
大事なのは現場
教育に限ったことではないが、大事なのは常に現場である。現場にしっかりと立ち、生徒の状況を把握、教師間でも議論しながら、問題を解決していくという姿勢が当該校にはきわめて希薄だった、ということである。これこそが、私のふれた地域(組織)の形骸化である。形骸化した組織は、内実を失い、外枠だけに頼ろうとする。形骸化しているからこそ、かえって地域のヒエラルキー秩序が強固に働くという例証だろう。
この報告書は関係者や報道陣以外には公開されていない(第3部提言部分のみウエブで公開されている(1))。同市役所コンプライアンス推進室の話だと、第1部、および第2部は個人のプライバシーがからむので、どこまで公開するか現在関係者と調整中という。私が市から郵送してもらった報告書は、プライバシーに関係すると見られる部分がすべて黒でマスクを施されていた。ほとんど塗りつぶされたページもあり、結論部分はわかるが、細かい事実はわからない。報告書そのものは伏字なしで市に提出されたが、マスメディアなどへの公表にあたって、市の責任で伏字を入れたと言う。
同推進室では、関係者との調整がすめばウエブでも公開したいと言っている。大津事件に関しては、インターネット上で加害少年や家族に対する攻撃が激しかったように、関係者の実名を出すことを躊躇せざるを得ない面があるのは確かである。しかし伏字だらけの報告書には、違和感も残る。この辺は微妙なところである。
(1)その後、全文が伏字を含んだまま公開されている(2013.5.30付記)
投稿者: Naoaki Yano | 2013年05月30日 21:21