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2013年08月26日

IT社会の難点②データだけがひとり歩きしてしまう(2013年8)

 証券取引法違反などで逮捕され、最高裁で実刑判決が確定した元ライブドア・堀江貴文社長は、1年7カ月の服役を経て、今年3月、仮釈放された。逮捕時にくらべて約30キロやせたという同氏は、動画サイト「ニコニコ生放送」を通じて記者会見したが、同放送始まって以来の高視聴率に、若者の間での変わらぬ人気の高さをうかがわせた。

 彼がやったことをあらためてふり返り、その意味を考えてみよう。

 東京地検特捜部は2006年1月、ライブドアの関連会社が虚偽の企業買収情報を公表したなどとして、堀江貴文ライブドア社長(33=当時、以下同)、経理担当で実質ナンバー2の宮内亮治取締役(38)ら幹部4人を証券取引法違反(偽計取引、風説の流布)の疑いで逮捕した。

 捜査はほどなく本丸のライブドアに向かい、同地検は2月、堀江社長を証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で再逮捕した。2004年9月期の決算で計24億円を自社の利益に計上するなど粉飾総額90億円の経理操作をした疑いだった。

ライブドアと村上ファンド

 堀江元社長が東京大学学生時代に設立したIT企業、ライブドア(当初は別名)は、株式市場で集まった資金をテコに関連企業に投資するM&Aを繰り返して急速に大きくなり、 04年6月、プロ野球の大阪近鉄バファローズ買収に名乗りを上げたころから社会的に注目を集めた。翌05年2月、東京証券取引所の時間外取引を通じてニッポン放送株を大量取得、その後、親会社のフジテレビと熾烈な株取得合戦を繰り広げ、同年4月、和解している。9月の小泉郵政選挙では広島6区から出馬したが落選。その後にライブドアへ捜査のメスが入り、逮捕されている。
 
 同時期、投資ファンド「村上ファンド」の村上世彰代表(47)も、ライブドアのニッポン放送株取得に関連して、証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で逮捕され、一審で実刑判決を受け、高裁で執行猶予付きとなった。ライブドア幹部にニッポン放送株の取得を勧め、実際にライブドアが大量取得して株価が急上昇すると、ファンドの保有株式の大半を売却、100億円近い利益を得た疑い。判決は起訴事実を全面的に認め、「一般投資家を欺き、証券市場の信頼を著しく損なった」と述べている。

 ライブドアと村上ファンドをめぐる事件は、新興IT企業が我が国の旧態依然たる企業経営に突きつけた疾風怒濤だったと言えよう。2人はともにIT企業の牙城とも言える六本木・アークヒルズにオフィスを構え、総称して「ヒルズ族」と呼ばれた。「勝ち組」、「想定内」、「もの言う株主」など、一連の出来事から広まった言葉も多い。

 ライブドアは、自社株の高値を利用してM&Aを繰り返す「時価総額経営」を続けるため、買収工作をめぐって時に強引な手法を展開した。自社株を10倍や100倍に分割したことも、制度上可能ではあるが、前代未聞のやり方だった。堀江元社長の言動は、閉塞感を打ち破るものとして多くの若者の心をとらえたし、彼が従来の企業活動に新風を吹き込んだのも間違いない。

 そういう意味では、ライブドアのやり方は従来の慣行からすればルール外だったとしても、当時の小泉改革そのものがむしろなんでもありを奨励していた。その強引なやり方が、検察当局によって指弾されたかたちだが、その背景には、ITを駆使した経営特有の危うさがあったのも否定できないだろう。

デジタル的な発想の“革命性”

 インターネット元年が叫ばれた1995年ころ、友人の都市設計家が、建築の世界の話としてこんなふうな感慨を洩らしたことがある。

 なぜホテルにお客が来ないか、それは宿泊費が高いからである。では、どこまで安くすれば客は殺到するのか。こういうとき、アナログ世代は、ホテル建築にかかる費用の面から考えはじめる。すると、基礎資材があって、床はこんな具合で、カーペットはどこに頼んで、家具をそろえて、人件費はこうこう、と下から諸経費を積み上げていって、さて幾らになった、これをどこで切り詰めればいいか、関係先や具体的な人物を思い浮かべながら、建築の先生に無理も言えないし、あそこの業者に泣いてもらうか、しかし、最低これだけの費用がかかるのだから、宿泊費もこれ以下ではとても無理だ、というふうなことになる。
 
 デジタル世代の発想は、これとはまるで違う。実に単純明解、パソコンのキーボードやマウスを操作して、じゃ宿泊費を半分にしたらどうか、3分の1にしたらどうか、そのための建築費はこれこれと、実に大胆に想定を変えて、集客状況をシミュレートする。そういう具合に、建築の価格、都市を作る価格そのものを根本的に変えてしまうわけで、デジタル世代にとっては、価格破壊そのものが前提条件である。
 
 3分の1の価格でホテルをつくるとなると、今までの常識とはまるで違うものが出てくる。ベニヤ板や発砲スチロールで学園祭のディスプレイを作るような感覚で、物事や都市が出来上がる。そして、そこに客が殺到して、驚くほど儲かればそれで良いのだという発想で、これは、古い世代から見ると、まことに革命的である。

シミュレーションの威力と陥穽

 数字によるシミュレーションこそが、コンピュータの最大の力とも言え、コンピュータ・グラフィックスを駆使したシミュレーションは、DNAのようなミクロなものから、大星雲のようなマクロなものまで、我々が肉眼では見ることのできない世界を、連続的に移り変わる映像として見せる力を持っている。しかし現実世界のシミュレーションは、いま紹介したように、職人たちの労働意欲、顧客の満足感、関連業者とのこれまでのつきあい、といった計算不能な要素、数値化しにくい感情的側面が含まれていないことをついつい忘れがちである。

 データだけが独り歩きしてしまうところに、IT社会の大きな難点があることを忘れるべきではない。

投稿者: Naoaki Yano | 2013年08月26日 16:16

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