便利なコミュニケーション道具の陥穽(2013年/9)
スマートフォンで無料通話ができるアプリ、ライン(LINE)の利用者が2億人を超えたらしい。その普及スピードは、スカイプ、フェイスブック、ツイッターなどよりも早いという。一方、広島県呉市でライン仲間がチャットをしながら殺意を増幅(?)、仲間の1人を殺して山中に捨てるという事件が起こっている。
LINE利用者は2億人突破
ラインというアプリ(無料)をインストールしたスマートフォン同士なら、インターネット回線を使って無料通話ができるほか、メールのようにチャット(リアルタイムでのメッセージ交換)を楽しむこともできる。2011年6月にライン社の前身、NHNジャパン(韓国企業の日本法人)がサービスを始めた。同社が7月下旬に発表したところでは、利用者は2億人を超えた。日本の利用者は4500万人程度、むしろフィリッピン、台湾、タイなど海外が8割を占めるという。
簡単な操作をするだけで、自分のスマートフォンのアドレス帳に記載した友人で、すでにラインをインストールしている人のリストが表示される。自分がラインを始めたことも相手に伝わるし、新たな知人を探して登録することもできる。スマートフォンがライン専用端末になったようなスムーズさである。
海外とでも無料通話できることが最大の利点だが、チャットでは、自分がその場で見ている景色を撮影して添付できるし、スタンプと呼ばれる絵文字を添付すれば、文字を使わなくても簡単な意思表示ができ、若者の間で人気があるようだ。
チャット仲間で殺人
広島県警は7月、呉市の山中に知り合いの女性(16)を殺して遺棄した疑いで広島市の少女(16)を逮捕した。少女は当初、自分1人でやったと自供したが、ほどなくラインを通じたチャット仲間でいっしょに殺したことがわかり、成人1人を含む少年少女ら7人が殺人容疑で逮捕された。
朝日新聞8月3日朝刊にラインでのやりとりが公表されているが、彼女たちは殺人に至るまでの間、複数の仲間で「グループチャット」をしていた。もとは金銭トラブルが原因らしいが、しだいに「死ねや」、「殺す」などという激しい言葉が飛び交い、殺意が増幅されていったようである。
グループチャットは、グループ員の1人が仲間に加えると、その新人は自動的にみんなの仲間になる。だからチャットグループでもお互い面識のない者もいたらしい。そこで仲間内の諍いや殺人をめぐるいろんな意見がやり取りされていた。乱暴な言葉が飛び交うチャット空間は重く淀んでおり、迎合するしかない空気も漂っていたようである。
これは事件とは無関係だが、ラインには相手が自分のメッセージを読んだことを確認できる「既読」機能がある。メッセージを送った後に相手がラインを開くと、「既読」表示が相手に伝えられ、これがときに災いともなる。「相手がメッセージを見たにもかかわらず返事をくれない」のがわかれば、「怒らせるようなことを書いてしまったのだろうか」と気を回すし、だからこそ「すぐ返事しないと気まずくなるのではないか」と心配もする。
メッセージは短くて構わないし、すぐ返事が返ってくるから、チャットを切り上げるタイミングも難しい。大人なら「忙しいふりをする」とか、1件3往復までといった暗黙のルールをつくってうまく利用できるが、その「才覚」がまだ働かない子どもたちにとっては、やっかいな道具でもある。ほかにやるべきことがあっても、それに着手できない。
「デジタルのマグマ」
私は最近、『IT社会事件簿』(ディスカヴァー21)という、インターネット普及以来の事件事故をふりかえりつつ、その意味を考えるための本を書いたが、インターネットが私たちの思考・感性に与える影響は、むしろ大きな事件にまでは至らないが、インターネットを利用しているうちに人びとの心のなかに生じるドロドロとした情念にあるようにも思われる(これを私は「デジタルのマグマ」と呼んだ)。便利なコミュニケーションの道具に結局は引き回され、そのイライラが心理的マグマとなってある日、爆発することは容易に想像できる。
8月に明らかになった厚生労働省研究班の調査は、全国の中高校生52万人にネット依存症の傾向があると推計している。依存症には、ネットゲーム、ネットサーフィン、ブログの閲覧や更新、SNSでのメッセージのやりとり、メール、チャット、いろいろあるだろうが、要はそれにとらわれてしまうということである。
SNSではFOMA(Fear Of Missing Out)という言葉が使われる。何かを見逃したり、取り残されたりすることへの不安である。とくに、フェイスブックやツイッターを常にチェックしていないと、自分の知らないうちに何を言われているのか、あるいは自分抜きで楽しいことが進んでいるのではないかなどと心配になり、友人と遊んでいるときも、デート中も、食事をしていても、SNSに接しないではいられなくなる。
スタンフォード大学の心理学者、ケリー・マグゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)によれば、人間の意志の力(Willpower)には3つの側面がある。1つ目は自分の目標に沿うことを実行しようとする意志(I will、「やるぞ」)、2つ目は、それ以外のもの(誘惑や快楽など)を切り捨てる能力(I won‘t、「しないぞ」)である。3つ目は、自分が何をしたいかの目標をはっきさせる力(I want、「こういう人間になりたい」という夢)である。「しないぞ」は、やりたいことをやることを妨げるものをやらない力である。そのためには、自分のゴール(夢、I wantの対象)をはっきり認識しておかないといけない。将来の目標や希望がないと、あるいは常に思い出していないと、どうしても瞬間の誘惑(快楽)に流されてしまう。
インターネットは瞬間の誘惑を、次から次へと繰り出してくれる道具でもある。だから、夢を育むよりも、夢を抱くことを忘れさせる役割をすることが多い。
投稿者: Naoaki Yano | 2013年10月02日 14:20