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2014年09月29日

万引き画像公開騒動が投げかけた波紋(2014/9)

 防犯カメラで撮影した万引き犯と見られる男の写真を、店舗側が顔をぼかしてウエブに掲載、期日までに返却しなければ顔写真を公開すると〝告知〟した。結果的に写真公開はとりやめ、犯人はまもなく警察当局に逮捕されたが、この騒動は頻発する万引き問題に一石を投じた。

価格25万円のロボット人形

 8月4日、マンガやアニメの中古グッズを扱う「まんだらけ」中野店(東京・中野区)でブリキ製人形が万引きされた。店舗は警視庁に被害届を出すと同時に、設置されていた防犯カメラに写っていた犯人とみられる男の写真を顔の部分にモザイクをかけてウエブで公開、「8月4日17時頃まんだらけ中野店4階変やで25万円の野村トーイ製鉄人28号No.3ゼンマイ歩行を盗んだ犯人へ 1週間(8月12日)以内に返しに来ない場合は顔写真のモザイクを外して公開します」と犯人に呼びかけた。

 これがネットやメディアで話題になり、警視庁は「捜査に支障を来すので公開しないように」と要請、法律専門家の「公開すると、逆に(店舗側が)名誉棄損や脅迫などの罪に問われる恐れがある」といった意見も紹介された。

 結局、期限内での返却はなかったが、まんだらけは写真の全面公開を中止、「今後は証拠も十分あるので、警察の方々のお力を信じてお任せしてまいります」とあらためてウエブで報告した。その文章によれば、期限の12日夜になると、店舗ビル入口に報道陣が大挙して押しかけ、「とても犯人が入って来られる状況になかった」という。

 逮捕されたのは千葉市のアルバイト男性(50)で、盗んだ商品を中野区内の古物商に持ち込み、その際に提示した保険証から身元が割れた。犯人が商品を持ち込んだのは7日、〝告知〟騒ぎを知ったのはその後だったらしい。

頻発する万引きに苦慮する店舗

 全国万引犯罪防止機構が小売業など550社を対象にした調査では、昨年度の万引き被害額は推計887億円という膨大な額になるという(朝日新聞8.14)。

 昔から万引はあったけれど、店舗の大型化や人員合理化などで、店員の目が行き届かなくなって急増、大きな社会問題になっている。日々の生活に困って食料品をやむにやまれず、といった悲壮感は薄れ、気に入った商品を安易に万引するケースが多い。

 従来の万引きへの対処法は現行犯逮捕を別にすれば、警察に被害届を出し、捜査員が現場や周辺での聞き込み捜査や遺留指紋などから犯人を割り出し、逮捕なり摘発するのがふつうだった。今回は防犯カメラの画像を使って犯人に返却を促そうとしたわけだが、返却されない場合は顔写真を公開するという強硬手段にブレーキがかけられた。

 国家権力の行使以外の犯罪捜査は原則として認められていない。実際に、犯人誤認による名誉棄損といった二次被害を生む可能性もある。しかし、捜査を待っているだけでは万引きはなくならないという店舗側の不満、焦燥は強く、あの手この手の自衛手段も講じられている。

 ネット上には万引き犯の顔写真を店内に張った鮮魚店が紹介されている。昨年6月の記事だが、それによれば、大阪市北部の市場に店を構える鮮魚店のレジのそばに「警告!」と書かれた貼り紙があり、「当店で万引き等の行為を発見・確認した場合、警察には通報せず、犯人の顔写真を撮影し、店頭に貼らせていただきます(無期限)」、「当店内の商品を無断で当店外へ持ち出した方は万引きとみなし、体罰でつぐなっていただきます。しばかせてもらいます」と書いてある。それを囲むように、中年の男性2人と女性1人の顔写真が張ってある。

「毎日休みなく朝から晩まで働き、お客さんに喜んでもらおうと出した魚を盗まれるのは許せないし、店が潰れてしまう」、「別に窃盗罪に問われることを望んでいるわけじゃない。自分の写真を見て、万引きの重大性や罪悪感をもってほしい。万引きはやってはいけないことだとわかってほしいだけ」との店主の談話も掲載されていた。

情報機器の発達と「倫理」

 デジタルカメラ、スマートフォンなどの情報機器の発達で、店舗側にも自衛策を講じる手立てが増えつつある。しかしデジタル技術の活用は、強力だけに反作用にも注意が必要である。大阪の鮮魚店のように紙のビラを店内に張ることと、今回のようにインターネット上に掲載することとは違う。「サイバー空間は忘れない」から、いったん公開されれば半永久的にネット上に記録されるからである。

 もっとも今回の場合、〝告知〟騒ぎとは関係ないかたちで犯人が逮捕されたが、防犯カメラの映像が有力証拠になっただろうし、騒ぎ自体が警察捜査を促した面があったかもしれない。もっと長期的に見ると、これをきっかけとして、安易な万引きへの抑止効果が生じる可能性もある。

 しかし、犯罪を技術の力で解決しようとすること自体には無理がある。『サイバーリテラシー概論』で紹介した毎日新聞連載の東海林さだおのマンガ「アサッテ君」の話を再掲しよう。

 2人の子どもが道でお金を拾って、1人が「もらっちゃおうか」と言うと、他の1人が「監視カメラが見ている」ととがめる。それで交番に届けるわけだが、受け取ったおまわりさんが「むかしはお天道さんが見ていると言ったんだよね」と、いかにも東海林さだおふうに、はにかむように笑う――。

 子どもたちに「お天道さんが見ている」と教えたのは、実際にお天道さんが見ていて何か罰を加えるということではなく、内面に一つのモラル、「誰も見ていなくても、悪いことをしてはいけない」という倫理を築き上げようという知恵だった。これは、「監視カメラが見ていなければ、何をしてもいい」というのとは百八十度違う心の動きであり、「監視カメラ」と「お天道さん」の距離は、とてつもなく大きい。

 倫理を技術によって代替させることはできないのは自明であり、今回の事件をきっかけにあらためて社会全体の万引き防止への取り組みを考えるべきである。 

投稿者: Naoaki Yano | 2014年09月29日 12:43

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