漂う「総メディア社会」③社会全体のジャーナリズム機能底上げ(2015.5)
安倍政権のマスメディアへの介入はいよいよエスカレートし、17日には自民党情報通信戦略調査会(川崎二郎会長)が、テレビ朝日NHKの経営幹部を呼び、それぞれの放送内容に関して事情を聞くまでになった。一方、これに対する当のテレビ業界の抵抗はきわめて弱く、国民の関心もまた薄いようである。ここにいま急速に進む不気味な時代相が映し出されている。
ねらいは「報道ステーション」
テレビ朝日は「報道ステーション」での古賀茂明・元経済産業省役人の発言が、NHKは「クローズアップ現代」のやらせ問題が俎上に載せられたが、政権のターゲットが「報道ステーション」に向けられているのは明らかである。
3月27日のキャスター、古舘伊知郎氏との応酬の真意を古賀氏は後にメディアに対して「最近テレビ局側に政府批判を自粛するムードが広がっており、その背後に政権与党からの圧力と懐柔があることを視聴者に伝えたかった」と述べている。
テレビ朝日の「報道ステーション」はいまや硬派のジャーナリズムを追及している数少ない番組だが、それだけに政権・与党から陰に陽に攻撃を受けており、昨年11月の衆議院解散後のアベノミクスを取り上げた報道に対し、自民党が「アベノミクスの効果が、大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいないかのごとく、特定の富裕層のライフスタイルを強調して紹介する内容」だと批判、「公平中立な番組作成に取り組むよう、特段の配慮を」求めていたことが、最近になって明るみに出た。
こういう要請自体が放送法上の「不当な介入」にあたるはずなのに、この点にはいっさいふれず、報道側の「公平な報道」逸脱を問題とするのは、それこそ放送法を踏みにじるものと言えよう。朝日新聞などの報道によれば、自民党は両者幹部を自民党本部に呼んで事情を聴き、テレビ会社が自主規制のために設けた第三者機関である「放送倫理・番組向上機構(BPO)に異議を申し立てるとか、放送法による電波の停止もあり得るとか示唆したらしい。
露骨な「ニュースピーク」的干渉
安倍首相本人のフェイスブックでの個人攻撃、国会での野次発言なども含め、政権が進めようとしている施策に対する異論への攻撃は常軌を逸しており、4月には福島瑞穂議員(社民党)が参院予算委員会で安倍首相に質問した際、政府が提出をめざす安全保障関連法案を「戦争法案」だと述べたことに、自民党の理事が修正を求めるといった異例な事態も起こっている(後に撤回)。
現政権のやり方はジョージ・オーウェルの『1984年』に描かれた、監視用テレスクリーンよりもっと不気味な「反権力的な思考を禁じる(異論の思考自体を不可能にする)ニュースピーク」という語法を思い出させる。
問題は、それに対するメディア、国会などの対決姿勢がきわめて弱いということである(もちろん一部の例外はある)。「楽屋話をぶちまけた」古賀氏の旗色は悪いが、彼をしてそういう発言に駆り立てた力学、テレビ朝日の内部事情、安倍政権側の思惑など、考えるべき問題は多い。
ジャーナリズムの基本は権力チェックである。政権がやることがうまく行っていれば取り上げることもないわけで、それが間違ったりしているときに警鐘を鳴らすことこそ本務と言っていい。そういうジャーナリズムを否定することは民主主義そのものの否定につながる。
アベノミクスは、まず富める者をより富まして、そのおこぼれがしだいに下位に浸透することで経済全体を底上げしようとするトリクルダウン(trickle down、徐々にあふれ落ちる)経済を推進していると言え、現段階において上層部だけ潤っているのはむしろ意図したことでもあるだろう。このことを強調したことをもって「偏向」しているという考え方そのものが理解に苦しむ。
オンラインでの発言の意義と危惧
おしなべてマスメディアが窒息しつつあるいま、社会全体のジャーナリズム機能を維持していくためには、オンラインジャーナリズムに期待するしかないとも言えよう。オンライン上の情報は学術論文から日常雑記にいたるまでそれこそ千差万別で、その何をもってオンラインジャーナリズムと考えるか、明確にするのは不可能である。
主体をはっきりさせて時局的な発言をしているものをおおざっぱに「オンラインジャーナリズム」と考えれば、それには、①海外在住者も含め、学者、ジャーナリスト、作家、評論家など各種の専門家(および市井の人)が実名で発信しているサイトやメールマガジン、動画サイト、②各種のブログのリンクから成り立つ議論の広場的サイトや掲示板、メーリングリスト、③オンラインジャーナリズムを標榜して活動している既存メディア(新聞・雑誌)や新興メディアサイト、⑤海外のニュースサイト、などがある。
報道ステーション問題を通して、それらのサイトを瞥見すると、たとえば、「ザ・ページ」は、ジャーナリストの江川紹子、青木理両氏の詳細なインタビューを動画で紹介、コメンテーターのあり方から現在のメディア状況までを解説している。「メディアゴン」では、放送作家の高橋秀樹氏が「テレビの役割にウンター・デモクラシーを」といった論考を寄せている。また思想家の内田樹氏は自身のブログで、「ある海外特派員の告白 5年間東京にいた記者からドイツの読者へ」というドイツ人記者の記事を翻訳、日本の指導層が考えていることと海外メディアが伝えることの間のギャップが日々深まっていること、安倍政権下で外務省官僚がどう変わったかなどを伝えている。
それらの活動には明るい展望が見られるが、オンラインでの情報発信が国民全体にどのように見られているかについてははっきりしない。また個人が政権側から、それこそ陰に陽に攻撃される恐れがあるし、政権の意向を受けた発言がオンライン上を席巻するかもしれない。これはこれで大きな問題を抱えているのも確かである。
投稿者: Naoaki Yano | 2015年05月24日 13:47