「インスタ映え」と「忖度」―真実を覆い隠して漂う現代日本を象徴(2018/1号)
2017年の流行語大賞に「インスタ映え」と「忖度」が選ばれた。一方はインターネット最先端ツールが生みだした奇妙な流行であり、他方は戦後民主主義に逆行するような旧態依然とした心象の復活である。たしかにここには現代日本が象徴されている。
両者は年鑑『現代用語の基礎知識』が選んだ恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞に選ばれ、12月に発表された。
映像投稿サイトの躍進
インスタ映えとは、映像投稿サイト、インスタグラムに見栄えのする写真や動画を投稿をする行為のことである。受賞理由には「テキストよりも大事なのは画像。SNSでの『いいね!』を獲得するために、誰もがビジュアルを競い合う」とある。
インスタグラムは2010年、アップルのスマートフォン用に開発された写真共有アプリケーション・ソフトウェアだが、フェイスブック、ツイッターといったSNSの映像版として瞬く間に多くのユーザーを獲得、世界の月間ユーザーは2017年9月時点で8億人とも言われている。アンドロイドのスマートフォンでも利用でき、2012年にフェイスブックが買収している。日本でも2014年からアカウントが開始され、すでに2000万人の利用者がいるという。
映像本位のメディアだから、ファッション業界などの広告媒体としても利用されているが、アメリカでは映画スターやモデルといった人びとが自らのはなやかな写真をアップしたり、例のハリウッド大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏によるセクハラ問題では、インスタグラムを舞台に告発する人も現れた。
日本ではタレントの渡辺直美が次々自画像をアップ、その奇抜なスタイルで話題になった。歌手の小林幸子は年末、新曲披露イベントで、インスタグラムで多くのフォロワーを持つファン100人を前に「インスタ映え」を狙った白いゴージャスなドレスで歌い、ファンはスマートフォンでライブを撮影し、そのまま発信することを試みた。
前回、インターネットによって書くという行為のあり方がすっかり変わってしまったことにふれたが、いまやコミュニケーションは「書く(打つ)」よりも「写す」という映像中心へと大きくシフトしている。
「リア充」代行サービス
この新しいメディアは、従来のSNSと同じように、いろんな社会的余波を生んでいる。自分のわいせつ画像を投稿したり、出会い系サイトとして利用されたり、違法薬物の売買に使われたりといった事例ばかりでなく、映像メディア特有の問題も浮上している。
自分が食べた料理やおしゃれなファッション、あるいは多くの友人に取り囲まれた幸せそうな写真を投稿し、日常生活のはなやかさを演出するために使われるが、これが過ぎると、インスタグラム用に撮影するためだけに料理を注文、撮影後は食べずに捨ててしまうという奇妙な事態へ発展する。店などもインスタ映えする商品を宣伝しているし、実際、そうして宣伝されたスイーツが食べずに捨てられている現場を撮影されて、公開されてもいる。
「リア充」という言葉がある。ウィキペディアには「リアル(現実)の生活が充実している人物を指す2ちゃんねる発祥のインターネットスラング」だと説明されている。記事によれば、最初(2005年ごろ)は現実生活が充実している人を「リアル充実組」と呼んでいたらしい。インターネット上のコミュニティに入り浸る者が現実生活が充実していないことを自虐的に表現するための対語的造語だったが、しだいに彼らの仕事や恋愛の充実ぶりに対する妬みのニュアンスを持つようになったという。
だからインスタ映えとは、自分の「リア充」を装うために、そのように見える写真を載せる行為と言ってもいい。「リア充代行サービス」というビジネスも登場している。たとえば、何人かの友人に誕生日を祝ってもらい幸せそうな写真を撮るために、理想的な場所や環境を提供してもらう。にこやかに祝福してくれている友人もエキストラである。その写真をインスタグラムにアップする。
現実世界に生きることより架空の世界での華やかさを追い求めるわけで、ゲームにふける心理とあまり変わらないけれど、そのリア充のおぜん立てをしてやる現実の商売がけっこうはやっているというのは、やはり物悲しい思いがする。サイバーリテラシーではサイバー空間よりも現実世界に軸足を置いた、地に足のついた生活が大事だと主張しているけれど、現実そのものはいよいよやせ細っている。
現実世界のやせ細り
さて忖度の方である。こちらの受賞理由は「今年は、マスコミから日常会話に至るまでのあらゆる場面でこの言葉の登場機会が増えた。きっかけは3月、『直接の口利きはなかったが、忖度があったと思う』という籠池泰典氏の発言」とあるが、「忖度」の源流が安倍首相その人の政治手法にあることはすでに明らかである。
安倍政権は国会での野党の質問にはまともに答えず、突然の衆議院解散に踏み切り、その結果は与党の圧勝に終わった。これもまた現実世界のやせ細りである。
「忖度」と封建時代の「御意」精神とはあまり変わらない。インスタ映えも忖度も、合理的、理性的な生き方とは対極にあり、「ポスト真実」の時代を反映して、すべてが明記されない曖昧さのままに流れている。
日本ばかりではない。トランプ米大統領就任も今年年頭の出来事だった。北朝鮮のミサイル実験や国際社会を敵に回しての大立ち回りもあった。南極では氷が解けて、地球温暖化の危機がいよいよ迫っているようだが、人目に触れにくい極地での出来事でもあって、人びとはあまり深刻に受け止めていない。
これが2017年年末の日本、および世界の姿である。この年に「インスタ映え」と「忖度」がともに流行語になったことは、まことに興味深いと思われる。
投稿者: Naoaki Yano | 2018年01月26日 15:51