世論調査の怪―「改憲必要」はなぜ急上昇したか
世論調査結果は質問の仕方で大違い。不十分、不用意な質問文言や選択肢によって世論が歪んで映し出される場合がある。特定の意図をしのばせ、世論を一定方向に誘導することもできる。その点では、世論を反映する以上に世論を作るものである――言い古されたことだが、昨年5月3日の「安倍改憲提案」以来の憲法9条問題の世論調査について、そのことを痛感している。質問が「提案」以前と以後で大きく変わり、「改憲意見」が激増しているのだ。
・朝日新聞の改憲に関する世論調査
たとえば朝日新聞。2月20日の1、2面に17、18日に実施した調査結果が掲載されていた。9条に関する質問は「安倍首相は憲法9条について、戦争を放棄することや戦力を持たないことを定めた項目はそのままにして、自衛隊の存在を明記する項目を追加することを提案しています。このような憲法9条の改正をする必要があると思いますか」だった。
その結果は、「必要40%、不要44%」だった。見出しは数字をそのまま出し、「9条改憲 割れる賛否」としていた。9条改憲については「賛否拮抗」というわけである。はたして本当に「改憲」についての賛否の割合だろうか。
昨年3月から4月にかけて行われた朝日新聞の世論調査では「9条改定賛成29%、反対63%」だった。9条の条文を示した上で、「変える方がいいと思いますか、変えないほうがいいと思いますか」と聞いた結果だ。質問の仕方によって、結果がこんなに変わったのである。
「それは質問の仕方に問題があるのではなく、安倍提案という新しい世論変動要素ができ、その提案が評価されたからではないか」と説明できるかもしれない。しかし簡単にはうなずけない。その安倍提案が実現を意図している自衛隊像についてきちんと説明されていないからだ。
しばしば政府関係者が持ち出す数字だが、自衛隊は、現在では92%の国民の支持を受けているという(2015年11月内閣府調査)。「その自衛隊が憲法に位置づけられていないのはおかしい」と安倍首相は主張している。かなりの人が「そうだ、そうだ」というわけだ。しかしそのうちの多くの人の自衛隊イメージは、専守防衛・災害救助・復興に奮闘する「平和的な」自衛隊像ではないだろうか。
いうまでもなく安倍首相が明記しようという自衛隊は、「集団的自衛権を前提にした、従来とは性格が一変した自衛隊」だ。そのことを設問で明確にしておかなければ、安倍提案を説明したことにはならないのではないか。
・読売新聞調査では「自衛隊明記必要」意見71%
実は他メディアも朝日新聞と同様に「自衛権について極めて厳しい制限をしたうえでの自衛隊の明記」という選択肢を欠落させたまま聞いた結果を、「改憲についての国民の意見」としている。それはいずれも安倍提案以前とかなり異なっている。それを安倍提案前と今年2月実施の調査で見てみよう。
<読売新聞の場合>
2017年3月14日調査票郵送、4月18日までに回収、4月29日紙面発表
質問と回答結果「憲法9条の条文には第1項と第2項があります。それぞれについて、改正する必要があると思うかどうかをお答えください。
◇「戦争を放棄すること」を定めた第1項については、改正する必要があると思いますか、ないと思いますか。・ある15% ・ない82% ・答えない2%
◇「戦力を持たないこと」などを定めた第2項についてはどうですか。
・ある46% ・ない49% ・答えない5%」
2018年2月10~12日電話調査、14日紙面発表
質問と回答結果「憲法に自衛隊を明記することについて、自民党は、戦力を持たないことを定めた9条第2項を維持する案と削除する案を検討しています。あなたの考えに最も近いものを、1つ選んでください。
①9条2項を維持し、自衛隊の根拠規定を追加する36%
②9条2項を削除し、自衛隊の目的や性格を明瞭にする35%
③自衛隊の存在を憲法に明記する必要はない20%
④答えない9%」
<毎日新聞の場合>
2017年4月22~23日電話調査、5月3日紙面発表
質問と回答結果「憲法9条を改正すべきだと思いますか、思いませんか ・思う30% ・思わない46%」
2018年2月24~25日電話調査、26日紙面)
質問と回答結果「憲法9条1項は戦争の放棄、2項は戦力を持たないことを定めています。自衛隊の存在を明記する改正について、あなたの考えは次のどれに近いですか。
①憲法9条の1項と2項をそのままにして自衛隊に関する条項を追加する37%
②憲法9条の第2項を削除して自衛隊を戦力として位置付ける14%
③自衛隊を憲法に明記する必要はない20%
④わからない20%」
(以上各新聞から)
<NHKの場合>
2017年3月(個人面接法で実施)
「憲法9条は改正する必要があると思うか ・思う25%、必要はないと思う57% ・どちらともいえない11% ・わからない・無回答8%」
2018年1月6日~8日電話調査
「自民党の憲法改正推進本部は、自衛隊の明記に関する論点整理で、戦力の不保持などを定めた9条2項を維持する案と削除する案の両論を併記しました。憲法9条への自衛隊の明記について、どうすべきだと思うか聞いたところ、①『9条2項を維持して、自衛隊の存在を追記する』が16%、②『9条2項を削除して、自衛隊の目的などを明確にする』が30%、③『憲法9条を変える必要はない』が38%でした」
(NHKホームページから)
以上の調査で、①、②としたのは、いずれの調査の場合も、自民党が、昨年12月に「両論併記」で発表した、いわば自民党の候補案である。①は安倍首相の昨年5月の提案をそのまま、②は同党安保・防衛政策に大きな影響力を持つ石破茂元防衛相の主張にほぼ沿っている。両方とも自衛隊明記を主張している。その両方を合わせると読売新聞は71%、毎日新聞では51%、NHKは46%だった。それを「改憲賛成」とすれば、毎日新聞調査、NHK調査とも最近の数字は前年ほぼ同期より21%も増えている。読売新聞の2017年春の調査は第1項、第2項それぞれについて賛否を聞いているので、いちがいには言えないが、「改憲賛成は大幅増」の印象を与えている。
・石破提案と「戦力」の説明
なぜそうした「世論の変化」が生まれたのか。その一つの理由は、もともと「自衛隊明記が必要」と考える層が潜在的にあり、それが安倍提案によって表面に浮かび上がったということが考えられだろう。ところがもう一つの理由を見過ごすわけにはいかない。それは質問文言や選択肢の不十分さ、あるいは意図的とも思える質問によって生じたのではないか、ということである。
安倍提案には「集団的自衛権を前提とした自衛隊」が明らかにされていないことは、すでに指摘した通りである。石破氏の主張についても、毎日調査を除いて重大な指摘が欠けている。それは石破氏の年来の主張は、自衛隊の「戦力」としての性格・目的を明確にするということだ。その記載がなければ、回答者の多くは「白紙の状態で、これから目的などを決めていくんだ」と勘違いしてしまうのではないだろうか。その点で、毎日新聞調査の結果が示唆的だ。②への支持が読売、NHKに比べて非常に少ないのは、「戦力としての自衛隊の位置づけ」と自民党併記案の内容を明確にしているからではないだろうか。
「注目すべき質問」は、読売新聞のものだ。いきなり「憲法に自衛隊の存在を明記することについて、」となっている。これでは、かなりの回答者は「明記することが前提で、それにあたってどう明記すべきか」を問われているような気持ちになり、2つのうちどちらかを選んでしまうのではないだろうか。
改憲意見の急増という〝怪〟現象の背景を考えると、質問項目自体が「集団的自衛権を認めないという考えに立ったうえでの自衛隊明記」という視点を欠いていることに行きつく。これだと、どうしても既存の改憲論議の支配的潮流に流されてしまう。
たとえば、まず「あなたは自衛隊の存在を明記することに賛成ですか、反対ですか」を聞く。そして賛成の人に「その自衛隊は集団的自衛権を前提にしたものですか、それとも集団的自衛権を否定したものですか」と聞けば、答えはだいぶ違ってくるだろうし、以下のような選択肢を設ければ、さらに正確に国民の意見を知ることができるだろう。
①9条改定は不要 ②集団的自衛権の容認とそれを担保する組織(自衛隊)の明記 ③(集団的自衛権を否定し、専守防衛の範囲内での自衛権にとどめるなど)自衛権についてきわめて厳しい制限をし、それを担保する組織の明記(③は「新9条案」「護憲的改憲論」などと称され、急速に注目を集めているもの)。
憲法という国の基本法を改めるということであれば、大事なのは改憲をめぐるいろんな論議を丁寧に説明し、国民が改憲の意味をよく理解したうえで選択できるようにすることである。集団的自衛権そのものが、歴代の内閣が日本国憲法下では「違憲」だと見なしていたものである。それが安倍政権によって強引に閣議決定された経緯を考えると、改憲論議において「集団的自衛権」に触れないわけにはいかないだろう。
ちなみに朝日新聞の3月調査(17、18日実施)では、質問は「安倍首相は、憲法9条を改正し、自衛隊の存在を憲法に明記することを提案しています。安倍政権のもとで、こうした憲法の改正をすることに賛成ですか」に変わり、賛成33%、反対51%だった。読売新聞の調査(10、11日実施)では「自民党は、憲法に自衛隊の存在を明記することについて、戦力を持たないことを定めた9条2項を維持したうえで、自衛隊の根拠規定を追加する案を検討しています。この案に、賛成ですか反対ですか」という質問に、賛成44%、反対41%だった。毎日新聞調査(17、18日実施)では2月と同文の質問に、「憲法9条の1項と2項はそのままにして自衛隊に関する条項を追加する」が38%、「憲法9条の2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」12%、「自衛隊を憲法に明記する必要はない」18%だった。
朝日の場合は、「安倍首相のもとで」という文言を入れただけで、「改憲賛成」は7%減り、「反対」は逆に7%増えている。読売の場合は、前月の「改憲賛成」71%とは大違いの数字が出てきている。自民党案の選択肢を2つから1つに減らしたことが大きな原因ではないか。9条をめぐる「世論」の振幅の激しさは、かなりの程度調査する側の質問の仕方に起因しているといえる。
いま必要なのは、安易な質問項目によって〝捻じ曲げられた〟世論を作り上げることではなく、<日本国憲法の今>を理解できる材料を読者に提供することではないだろうか。いささか面はゆいが、本連載はその一環をめざしている。
追記(2018.6.20)
●選択肢から「2項削除案」が消えた
全国紙、通信社、TVキー局など大手メディアは、毎年3月から4月にかけて憲法に集中した世論調査(憲法調査)を実施し、その結果を5月3日の憲法記念日の前後に発表している。(以後調査実施月を明示しない限り、「調査」は憲法調査をさす)。
通常はそのときどきの政治課題、社会現象への質問と合わせての調査なので、「賛成」「反対」までしか聞いていないが、この調査では、いくつかの重要設問については「賛成」「反対」の理由まで聞いている。そのため、かなりきめ細かく国民の「憲法観」が浮かび上がってくる。
今回調査の特徴は、前稿で指摘した、9条改定意見の選択肢から「2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」が消え、「憲法9条の1項と2項をそのままにして自衛隊を明記する」だけになったことである。自民党の改憲案が、昨年5月の安倍首相提案の方向でほぼまとまった、ということが理由だろう。その結果、もともと2項削除論を選択肢としていなかった朝日を除く調査では、みかけの「改憲賛成」はかなり減っている。
一方、選択肢として残った「安倍・自民党提案」が集団的自衛権を前提にしたものであることについては、一部の社の調査ではこれまでより踏み込んではいるものの、全体的には記述にまだ消極的だ。
朝日新聞調査では、質問は「安倍首相は、憲法9条の1項と2項をそのままにして、新たに自衛隊の存在を明記する憲法改正案を提案しています。こうした9条の改正に賛成ですか。反対ですか」で、「賛成」39%、「反対」53%、「その他・答えない」8%だった。
「賛成」「反対」の理由を聞く設問には、賛成理由の選択肢に「自衛隊を憲法に明記することで、自衛隊が海外で活動しやすくなるから」、反対理由の選択肢に「自衛隊を憲法に明記することで、自衛隊の海外活動が拡大する恐れがあるから」があるが、それぞれが集団的自衛権と不可分に結びついていることの記述はない。
読売新聞調査の質問は、「憲法9条について、戦争の放棄や戦力を持たないことなどを定めた今の条文を変えずに、自衛隊の存在を明記する条文を追加することに、賛成ですか、反対ですか」で、「賛成」55%、「反対」42%だった。同社もその理由を聞いているが、その選択肢には示唆的にでも安倍案が集団的自衛権を前提にしていることを指摘したものはない。
毎日新聞調査は、「自民党は憲法9条の1項と2項はそのままにして、新たに設ける9条の2に自衛隊の存在を明記し、『必要な自衛の措置をとることを妨げない』とする改正案をまとめました。自衛隊の位置づけが明確になる一方で、集団的自衛権の全面的な行使容認につながるとの指摘もあります。この案について賛成ですか、反対ですか」と、自民党(安倍)案と集団的自衛権の関係について述べている。その質問には「賛成」27%、「反対」31%、「わからない」29%だった。
NHKは「あなたは、憲法改正について、戦力の不保持などを定めた9条を維持したまま、自衛隊の存在を明記することに賛成ですか。反対ですか。それともどちらとも言えませんか」に「賛成」31%、「反対」23%、「どらともいえない」40%、「わからない・無回答」6%、だった。
毎日、NHK調査で「どちらともいえない」「わからない」が、朝日、読売の調査に比べてかなり多いのは、質問票を郵送して返送までに1か月程度の時間があった朝日、読売調査に対し、電話での調査で、回答者に考える時間が少なかったためだろうか。NHKの場合は「わざわざどちらともいえませんか」としていることも影響しているかもしれない。
●自衛隊の活動を制約するために「改憲賛成」も
前稿で、筆者は「憲法9条の1項と2項をそのままにして自衛隊を明記する」「2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」という2つの選択肢を、ともに「9条改定に賛成意見」とした。その観点からいえば、2月調査では改定賛成意見は読売調査では71%、毎日調査では51%、NHK調査では46%だった。数字の上では「自衛隊明記」賛成意見はかなり減っているのである。
「自衛隊明記」反対派にとって喜ぶべきことだろうか。必ずしもそうはいえない。読売調査では、一見護憲意見とみられる「自民党案に反対」意見の中に、「自衛隊を国防軍と位置付ける憲法改正を行うべきだから」という理由を挙げた回答者が20%強含まれているのである。毎日調査では13%、NHK調査では3%が、同趣旨の理由を選択している。
安倍政権下での改憲発議があるとすれば、それは「自衛隊明記に賛成か反対か」ということになるだろう。その場合、この層のほぼ全員と「わからない」層のかなりは、賛成票を投じることになるのではないだろうか。
しかし一方では、逆の現象もある。前稿では紹介しなかった共同通信社も郵送で憲法世論調査をしており、「あなたは『戦争放棄』や『戦力の不保持』を定めた憲法9条を改正する必要があると思いますか、改正する必要はないと思いますか」と質問している。結果は「必要がある」44%、「必要ない」46%、無回答10%だったが、「必要がある」という理由の中に選択肢として「自衛隊の活動範囲を『専守防衛』に制約するため」を入れている。「改憲賛成」意見を持つ人の10%がそれを選択している。
そうした意見は、いわば「護憲的改憲論」だが、これまであまり紹介されることはなかった。しかし今後、選択肢の1つとしてはっきりとした形で浮上してきた場合はどうなるか。憲法9条についての新しく、大きな民意が見えてくるかもしれない。