情報法的責任論のまとめ(1):責任とともに救済を
前2回における責任論の記述は、原則として伝統的な「民事と刑事の峻別」を前提にしていましたが、どうやら情報法の分野では、その発想自体も見直す必要がありそうです。以下2回にわたって、その点に焦点を合わせて、「品質表示の偽装」から始まった議論をまとめます。今回は、情報財の特質から見て、救済の実を上げる必要性について。
・情報財の特徴を生かした救済
まず、情報財には ① 非占有性・非移転性、② 意味の不確定性、③ 流通の不可逆性、という3大特徴があることを前提にしましょう。ここでは細部を省略しますが、これらの特徴に関しては、拙著の随所で触れています。
① の特性から、有体物の財産的扱いをそのまま延長できない(情報窃盗を観念することができないのが典型例)という教訓が導かれます。② の不確定性から、「個人データを定義し保護することはできるが、個人情報やプライバシーそのものを事前に定義することはできず、事後救済にならざるを得ない」という知見が得られます(現行の個人情報保護法に関する過剰反応の問題は、この点を十分考慮して「個人データ保護法」として制定していれば、かなりな程度に軽減できたはずですが、この点に深入りする紙幅がありません、ぜひ拙著を参照してください)。また ③ の流通の不可逆性から、「損害賠償という事後救済では不十分で、差止や削除請求権が求められる」という立法論が生じます。
ところが、従来の有体物中心の法体系では、これらの諸点は無視ないし軽視されてきました。しかし情報財では ①~③ の特性から、以下のような問題が生じています
a) 侵害があったか否かを判定するには、「情報をどう取り扱うべきか」という手順に沿っていたかどうかで判断されるので、手続きが重視され
b) そうした手続きは法定されることは希で、ソフト・ローに依存することが多い
c) 「故意あるいは一方当事者の全面的過失」は裁きやすいが、a) b) のようなケースが多ければ双方過失が多くなる
d) 責任の所在や範囲を定めるには、事前の意思表示を定型化することが望ましい
e) 責任の存否や所在を突き詰めるよりも、公正妥当と思われる救済措置の早期実施が求められる場合がある
純理論として考えれば、①~③の特質と、a)~e) の問題がどのように関連しているのかは興味深いテーマですが、ここでは ① と ② は解釈論でもある程度解決できるが、③ だけは立法に拠るのが妥当と思われることを確認して、以下はその点に焦点を絞りましょう。
・民事と刑事のグレイゾーン
次の議論に進む前提として、刑事裁判と民事裁判との違いを理解することから始めましょう。両者の違いの主なものを表示すると、次のようになります。
項目 |
刑事裁判 |
民事裁判 |
グレイゾーン |
目的 |
国家が一定の非違行為に対し刑罰をもって抑止する |
私人間の紛争を国家が第三者として解決する |
行政目的を達成するための規律違反(わが国には行政専門の裁判所はない) |
憲法の人権保障との関係 |
刑事罰を科すため、人権保障の多くの規定が関連(憲法32条から40条) |
「(公開)裁判を受ける権利」など基本的な原理が適用される(憲法32条、(82条)) |
特許や営業秘密の裁判では、非公開が求められる場合がある |
当事者と裁判所 |
検察官対被告人という当事者主義、専門の裁判官による裁判のほか一部裁判員裁判も |
原告対被告という当事者主義、専門の裁判官による裁判 |
刑事では被害者が「蚊帳の外」に置かれるのを防ぐため、被害者参加や意見陳述が制度化された |
証明手続 |
無罪の推定、任意性に疑いがある自白・伝聞証拠・違法収集証拠等の排除、「合理的な疑い」を超える証明力を前提にした自由心証主義 |
証拠能力・証拠力とも刑事ほど厳密ではなく、「高度の蓋然性」のある証拠を前提にした自由心証主義 |
交通事故の場合などは例外的に、刑事裁判で和解調書に執行力を付与したり、損害賠償が命じられる場合がある |
主たる救済手段 |
行為者(被告人)への刑事罰 |
損害賠償、一部差止 |
刑事罰である罰金と行政罰である課徴金。差止の一般法がない |
和解の可否 |
不可 |
和解は常態 |
司法取引が導入されたが限定的 |
しかし実行上は、表に「グレイゾーン」として掲げたような「融合領域」が生まれています。最も分かり易い例は、交通事故の被害者が損害賠償を請求するために、別個の民事訴訟を提起し、検察が持っている証拠の開示を改めて求めるのは負担が大きいとして、刑事裁判に「被害者損害賠償請求制度」(犯罪被害者保護法23条から28条)を設け、刑事と民事を一括した解決を可能にしたことが挙げられます。ただし、判決に異議があれば民事裁判に戻ります。
また独占禁止法などの行政規制の分野では、刑事罰である罰金の他に課徴金という制度があり、その目的は違法行為の抑止という点で共通ですが、手段としては刑事罰的要素と民事賠償的側面が混ざり合っているように見えます。特に、違反行為を自己申告すれば当該事業者の違反行為に対する課徴金が、その申告した時期・順位に応じて免除(100%減額)または減額(30%もしくは50%の範囲)されるリニエンシー(leniency)という制度が注目されます。独禁法の場合、第一申告者は刑事罰も免れる運用がなされているので、実質的には「司法取引」の側面も持っています。
また英米では、有罪を認める代わりに訴追を軽減してもらうplea bargainingとか、民事事件であっても懲罰的賠償制度や、裁判所の決定に反した場合には「法廷侮辱罪」という刑事罰が科せられる場合があります。前者については、日本人の感覚では「法廷は真実を発見する場」であり、取引というビジネスで使われる用語には、違和感があるかもしれません。しかし2018年6月からは、わが国でも限定的(経済犯や銃器・薬物犯罪の共犯者に限り、被疑者・被告人と弁護人のすべてが合意し、検察官を加えて合意文書を作成した場合のみ)に導入されるようになりました。前述のリニエンシーも、2006年の導入当初は「仲間を裏切るようなもので日本的風土になじまないのでは」と言われていましたが、10年余を経て定着してきたようです。
・手続法である救済制度の見直し
伝統的な法学では実体法と手続法を区分し、学者は主として実体法を中心に論じてきました。刑事法の分野では、刑法(実体法)と刑事訴訟法(手続法)では前者の議論の方が相対的に多く、更に手続法の細部である「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(2005年法律第50号)となると、実務家以外に関心を持つ人はごくわずかです。しかし刑事法には、「疑わしきは被告人に有利に(法の謙抑性)」や「法の適正手続(due process of law)」の原則が徹底しているので、手続法軽視に傾く危険は少ないと思われます。
他方、民事法の分野はどうでしょうか? 民法の不法行為は多くの論者が議論しますが、損害の救済方法に関する議論は相対的に少なめです。特に、損害賠償が主たる手段とされ、差止は特別法に根拠規定がある場合(例えば著作権法112条)や、名誉毀損など人格権侵害の場合に例外的に認められるだけで、民法に一般的規定が置かれていません。
ところが「流通の不可逆性」を有する情報に関して、違法または不法な内容の情報や、違法または不法な方法で情報が流通する場合、その法的救済が必要だとすれば、事後的な損害賠償ではなく差止を認めなければ、実効性を担保することができません。しかし、差止の論点を深掘りした議論としては、根本尚徳 [2011] 『差止請求権の理論』有斐閣、がほぼ唯一かと思われます。
それには十分な歴史的事情もあります。近代法の発展に大きな影響を与えた英国では、国王が管轄するコモン・ロー裁判所が中世以降に確立していきましたが、そこでは裁ききれない例外的なケースについて、大法官(Lord Chancellor)に直訴するという道も開かれました。そして後者が発展してエクィティという法制度とエクィティ裁判所が成立するに至ったのです。そして損害賠償はコモン・ロー裁判所での救済手段であり、差止はエクィティ裁判所でのものとして、役割分担がなされていきました。従って差止は、通常の救済手段である損害賠償の例外であり、その判断は裁判官の裁量に大きく依存することになったのです。
しかし、情報を守るという観点から新しい動きも見られます。営業秘密という有体物には固定しにくい情報に関して、従来は社内での共有を守るだけでした。しかし、サプライ・チェーンが国境を越えるほど長くなり、グループ経営が一般化した中では、企業をまたがる営業秘密の共有にも配慮せざるを得ません。そこで現在国会で審議中の不正競争防止法の改正案では、ID・パスワード等により管理しつつ相手方を限定して提供するデータを不正に取得、使用又は提供する行為を、新たに不正競争行為に位置づけ、これに対する差止請求権や損害賠償の特則等の民事上の救済措置を設けることとしています。