森「憲法の今」(3)

憲法審査会でまず議論されるべきこと

 安倍内閣は2014年7月に集団的自衛権容認を閣議決定し、翌15年5月、「平和安全法制」(安全保障関連法)として1つの新法と10にものぼる関連法の改定を束ね、国会に提出した。

 その主なものは、①武力攻撃事態法改正案(政府が、密接な関係にある他国への武力攻撃が起こり、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある〈存立危機事態〉と認定したとき、〈他に適当な手段がない〉、〈必要最小限の武力行使〉という3要件のもとに、日本が直接攻撃を受けていなくても、集団的自衛権を行使した攻撃を可能にする)、②周辺事態法改正案(重要影響事態法に名称変更。「重要影響事態」を新設し米軍以外にも他国軍を支援、行動の範囲としてあった「我が国周辺」を撤廃し、世界中で支援を可能にする)、③PKO(国連平和維持活動)協力法改正案(PKO以外にも自衛隊による海外活動での復興支援活動を可能にし、駆けつけ警護や任務遂行のため武器使用を可能にする)、④国際平和支援法案(新法で、戦争中の他国軍を自衛隊が後方支援することを可能にする)、というものだった。

 その法案に対して、国民や野党、憲法学者らから、改定・新設法の内容は安全保障上かえって危険である、明らかに現憲法に違反しているという声が多く出され、抗議の渦が国会を取り巻いた(「平和安全法制」という政府の呼び方とは別に、マスメディアは「安全保障関連法」、野党は「戦争法」などと呼んでいる)。国会やメディアの追及に、政府の説明が二転三転する場面がしばしば見られた。

・安全保障関連法に対して憲法学者が「違憲」陳述

 法制への反論の中でも特筆すべきできごとは、法案提出の翌月の6月4日に開かれた衆院憲法審査会での参考人招致で、3人の憲法学者がそろって、集団的自衛権の行使を可能にする法案は「憲法違反」との見解を示したことである。特に自民党推薦の長谷部恭男・早稲田大学教授の「集団的自衛権の行使が許されるというのは憲法違反。個別的自衛権のみ許されるという従来の政府見解の基本的な枠内では説明がつかない。法的な安定性を揺るがす。閣議決定の文脈自体におおいに欠陥がある論理で、なぜ集団的自衛権が許されるのか、どこまで武力行使が認められるのかも不明確で、立憲主義にもとる」(朝日新聞6月5日付3面)という発言は衝撃的だった。

 最もショックを受けたのは長谷部教授を推薦した自民党関係者だっただろうが、長谷部教授は一貫して集団的自衛権の違憲性を指摘していた。教授を推薦したのは、2013年成立の特定秘密保護法に関する参考人招致で彼が賛成意見を述べていたため、てっきり「わが党案に賛成してくれるだろう」と思い込んだのではないか。少しでも長谷部教授の発言や著作の内容を知っていればありえない人選だった。そんなところに、「改憲」意思が先立ち、地道な調査や研究を怠っていた「いい加減さ」が、はしなくも現れてしまったのではないだろうか。

 その後2人の元内閣法制局長官と1人の元最高裁判所判事が国会の参考人招致に呼ばれ、その中の元最高裁判所長官は共同通信のインタビューに答えて「集団的自衛権は違憲」と明言した。

 そのころ朝日新聞が、憲法学者209人に「安保法制は合憲か違憲か」とのアンケートをしたところ、回答者122人のうち104人が「違憲」、15人が「違憲の可能性がある」とし、「合憲」は2人だけだった。

 また国民世論でみると9月19日の法案成立直後の朝日新聞の世論調査では安保法制に「反対51%、賛成30%」だった。憲法に違反しているかどうかについては「違反している51%、違反していない22%」だった(9月21日紙面)。読売新聞調査では「成立を評価する31%、評価しない58%」だった(9月21日紙面)。成立前後の国民の声は非常に厳しいものだった。

 そうした憲法学者たちの意見や、国民世論にもかかわらず政府・与党は、衆参の各特別委員会、本会議で審議打ち切り、強行採決を繰り返し、「平和安全法制」を成立させたのである。

 安倍首相は、前回取り上げた読売新聞インタビューで、「大切なことはしっかりと国民の目の前で具体的な議論をしていくことだ。自民党の憲法改正草案は党の公式文書だが、その後の議論の深化も踏まえ、草案をそのまま審査会に提案することは考えていない。発議する上で何をテーブルの上にあげていくか、柔軟に考えるべきだ。国民的な議論を深めていく役割も、政党は担っている。国民の皆さんの中に入って議論すべきだ」と述べている。

 しかし、国民の声を聞いてその合意の上で憲法を変えていくという姿勢は、現政権には見られない。安倍政権と国民の意見の一致は、安倍政権の意向に国民が従うことでしか成立しない。この現実を国民は十分認識すべきである。

・次の舞台は国会の「憲法審査会」

 改憲についての最初の審議の場は、衆参両院それぞれに設けられた憲法審査会だ。まずここで改憲が論議され、それが本会議にかけられて、衆参それぞれの総議員の3分の2の賛成で発議へと進むのである。

 憲法審査会は、第1次安倍政権下の2007年8月に設置され、その役割は「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査する」(国会法第102条6)とされている。

 現審査会のメンバーは、衆院は自民30人、立憲6人、国民民主4人、公明3人、共産2人、無会派2人、維新・自由・社民各1人の計50人。参院は自民24人、公明5人、民主5人、立憲4人、共産3人、維新2人、希望の会・希望の党各1人で計45人(衆院は5月17日、参院は6月16日現在)。国会の議席数を反映して、与党が圧倒的に多い。

 その審査会はこれまでほとんど動いていなかった。1月22日開会の今国会では、参院は実質的な討議としては2月21日に開かれ総論的意見が述べられただけ、衆院は6月17日に開いたが、メンバーの交代を承認しただけで、9条問題には入っていない。「今は森友・加計学園問題、そこから浮き出てきた首相(近辺?)の関与についての徹底究明が先」という野党の声に与党側が押されてのことだが、なによりも自民党が「出す、出す」と言っている改憲案が出てきていないのだ。

 国会は7月22日まで32日間延長された。その間に議事についての交渉をする幹事懇談会だけでなく本審査会開催の可能性はないわけではなく、また審査会は国会休会中に開催することも可能だ。しかし働き方改革法案やカジノを含む統合リゾート(IR)実施法案、参院定数6増法案などの審議、採決を理由にした延長国会で憲法審査会の審議は説得力に欠き、国会休会中の審議はさらに考えにくいため、9条問題の審議はあるとしても、かなり先のことと見るのが妥当だろう。もちろん、政府・与党が、再び「数の力」で審議の前倒しを図る可能性はある。野党はそれにどう対抗するかを常に考えておく必要があり、国民も事態の動きを注意深く見つめていなければならない。

・安保法制を「決裁済」にしてはならない

 国会(憲法審査会)で究極的に議論すべきなのは、安倍政権が強引に成立させた閣議決定、およびその後に成立した安保法制であることは明らかである。

 安倍首相は国会答弁で、自衛隊明記について「自衛隊を違憲とする主張があるから、文言を入れただけ。憲法の趣旨は1ミリも変わらない」という発言をしている。これについては「1ミリも変わらないのなら変える必要はないだろう」という意見もあるわけだが、本質を見るなら、この明記によって、平和憲法の骨格は大きく変わる。それがどのように変わるのか、そしてそのことが本当に平和と安全をより確実にするものなのか。それをこそ議論すべきだろう。

 憲法審査会がここにどの程度踏み込めるかが大きな課題である。憲法やそれに密接に関わる基本法制について「広範かつ総合的に調査を行い、発議等を審査する」というのであれば、その最も重要課題であり、しかも違憲の疑いの濃い政府方針を審査の外に置くというのは論外である。いわば、取締役会議の席に着いたときすでに、最も検討必要な案件が審議なしに「可決」という決裁箱の中に入っているようなもので、それではなんのために会議を開くのか意味をなさない。それを「可決済み」の箱から取り出し、法的正当性、内容の妥当性についてあらためて慎重かつ抜本的に審議することが必要不可欠だと言えよう。

 憲法審査会での実質的議入りには安保法制の廃棄ないし棚上げが不可欠との意見が各方面から強く出されるだろうし、今後出される自民党案に盛り込まれるはずの「自衛隊の明記」は、議論の深まりにつれて、違憲性と危険性が明確にならざるをえないだろう。これは安倍政権にとっても両刃の剣となるだろう。

 多くの国民が「自衛隊の明記」と聞いたとき思い浮かべるのは、かつての専守防衛と災害時の救助・復興協力に徹した自衛隊像だろう。「平和安保法制」を成立させる前なら安倍首相は、明記する自衛隊像をすり替えることできたかもしれない。しかし、今となっては、ごまかしはきかない。その自衛隊は「平和安保法制」によって集団的自衛権行使を前提にしたものであり、同盟国や密接な国の状況によっては地球の裏側にまで出かけて戦火を交えることがありうる。

 国民の目に、「明記される自衛隊」がそのような存在であることが明瞭になったとき、仮に国会議員の数の力で「改憲」を発議できても、過半数の国民の賛成が得られるかどうか。非常に疑わしい。改憲に向けて着々と手を打ってきた安倍首相の「上手の手」から、あるいは「水が漏れる」ことになるかもしれない。

<リンク集・資料集>

衆議院憲法審査会
参議院憲法審査会
衆議院憲法審査会での平和安全法制をめぐる長谷部恭男、小林節、笹田栄司参考人の意見陳述(ユーチューブ録画) 要旨は各新聞2015年6月5日朝刊
「平和安全法制」の概要(内閣官房)
安保法案の論点(ヤフー「みんなの政治」)