小林龍生氏の連載、いったん終止符
プロジェクト欄連載の小林龍生「梅棹忠夫『情報産業論』1963/2017」が10回でいったんピリオドを打った。
私もまた梅棹忠夫の「情報産業論」という〝珠玉のレポート〟に舌を巻いた一人である。『文明の生態史観』もそうだが、既存の学問の枠を超えて新しい現象に鋭い目を向けた彼の発想の秘密はどこにあったのだろうか。
私は『ASAHIパソコン』時代(1989年)にインタビューしたことがあるが、彼は国立民族学博物館創設にあたって関係分野を説得するのにずいぶんエネルギーを使ったらしい。
「これから作るのは『博物館』ではなく、『博情館』だと私は言ったんです」、「文化の研究所になぜコンピュータがいるんだとよく言われました」、「そんなもの作ってもだれも見に来ないとも。だけど作れば、みんな喜んで利用する。需要が供給を呼ぶのではなく、供給が需要を呼び起こすんです。新しいものはすべてそうです」などなど。
『ASAHIパソコン』を創刊するとき、社内でよく「矢野さんはパーソナル・ユースに的を絞ったパソコンガイド誌を出すと言うけれど、そんな雑誌がどこにあるんですか。需要があるなら、どこか他社が出しているはずだ」と言われたことを思い出しながら、思わず膝を打ったものだが、思うに梅棹さんの斬新な発想は、『知的生産の技術』で紹介している「こざね法」に起因するのではないだろうか。
話がそれた。
小林さんは梅棹忠夫が1963年という早い時期にテレビ会社の広報誌に書いた「情報産業論」というレポートを高く評価し、それを連載開始の2017年の時点で振り返りつつ、時代をはるかに先駆けた梅棹忠夫の独創と、やはり影を落とさざるを得なかった「時代精神」について記したもので、たいへん興味深い論考になったと思う。
本人は「平成のうちにけりをつける」という口実であっさり店じまいしてしまったけれど、編集者としては、いずれそのうちに、2019年、あるはそれ以降の時点における彼自身の情報社会論を期待している。ともかく連載ご苦労さまでした。そして、ありがとうございました。
・辺境の人―挑戦する人―種蒔く人
サイバーリテラシー研究所のウエブを「サイバー燈台」としてリニューアルしたとき、私はこれを「適時刊オンライン総合誌」にしたいと思っていた。個人でもそれなりの「メディア・プラットホーム」が作れることを立証したいという意気込みもあった。
このためプロジェクト欄に「客員コーナー」を設けることを思いついたが、なにせ年金生活者がほそぼそと運営しているサイトだから、若い人に手伝ってもらっているメインテナンスもすべてボランティアである。原稿を頼もうにも稿料は出せない、というわけで、とりあえず旧知の小林龍生、林紘一郎、名和小太郎の3氏を口説いて始めたのが実情である。御3人がそろって快諾してくれたのをたいへん嬉しく、かつありがたく思っている。
この3人には共通の特徴がある。
IT社会が花開く時代の最先端で、それぞれの分野で活躍し、しかも立派な業績をあげた方々である。名和、林、小林の順でそれぞれ10歳ほど年長になるが(私は林さんとほぼ同年代である)、ともに実務の世界からしだいにアカデミズムへと軸足を移していった。未開拓な「情報」という学問分野が実務経験者の知恵を必要としたという事情もあっただろう。
その先達はなんといっても名和小太郎さんである。
小林さんのコラム最終回で『情報社会の弱点がわかる本』というブックレットが紹介されているが、これもまた慧眼の書である。彼は技術者として情報化社会にふれ、業界の「情報倫理綱領」策定にあたったり、情報のコンピュータ化で脚光を浴びる著作権問題で議論をリードしたり、その後国立大学法学部教授にもなった。
私は、ユニークでどこかユーモアをたたえ、複雑なテーマをやさしく解き明かす平易な文体に大いに感心していたが、彼は「やりたいのはアカデミック講談」と語ったことがあった。現役を退いたあと「在庫一掃大セール」と銘打って『ディジタル著作権』、『情報セキュリティ』、『著作権2.0』などの大作を矢継ぎ早に刊行したのには大いに驚いた。
名和さんが歩んだ情報化社会から高度情報社会への道を書き残してもらいたいというのが私の願いだったが、タイミングが「休筆宣言」をした後だったこともあり、体調の許す範囲で身辺雑記を寄せていただいている。
私の目論見を超えて、精力的な論考を書いてくれているのが林紘一郎さんである。
2017年に彼の学問の総決算ともいうべき『情報法のリーガル・マインド』を出版したこともあり、そのエキスを時局的なトピックスにふれつつ平易に解説してもらえればと、「情報法のリーガル・マインド その日その日」というタイトルを考えたが、実際は「情報法のリーガル・マインド その後」という装いとなり、堂々たる論考がすでに30回を超えている。
最近は、彼が指摘してきた論点が現実の混乱や紛争となって顕在化しており、時局的なテーマが取り上げられることも多い。情報セキュリティ大学院大学学長として大学運営の実務に携わるほか、数多くの政府審議会委員なども頼まれている激務のなかで、情報法という新しい分野開拓に挑戦する迫力には敬服するしかない。
その林さんもこの春にはいよいよ最終講義を行うとか。
林さんはNTTアメリカ社社長を経てアカデミズムの世界に入った。それで経済学博士と法学博士である。取り組んだのは著作権問題であり、情報法だった。常にアグレッシブで、ローレンス・レッシグのクリエイティブ・コモンズの影に隠れてしまったとはいえ、よく似たオリジナル構想を先駆けて提案している。
林さんが学問的にたどった道は、辺境の人→新しい学問の挑戦者、だった。変革の時代にあっては、中央はむしろ時代に取り残され、辺境から新しいものが生まれる。というわけで、彼は情報法の大家になった?
いや、そうではあるまい。この分野はなお発展途上である。解決すべき問題は次から次へと起こっている。『情報法のリーガル・マインド』の記述からも、彼は若い研究者を育てるために「種蒔く人」になったのだと思われる。
この「辺境の人」→「挑戦する人」→「種まく人」という道は、おそらく名和小太郎、小林龍生ご両人にも妥当するだろう。
小林さんの実録とも言える『ユニコード戦記』、『EPUB戦記』には、ジャストシステムという一民間企業から派遣された彼が、世界を拠点とする多くの仲間たちとともに、文字コードなどの国際標準作りに挑戦する姿が描かれている。
・執筆者ただいま募集中
最後にサイバー燈台について少し。
当面、客員コーナーは資金的制約から、現役の人にはなかなか執筆を頼みにくい状況です。だからいまのコンセプトは「功成り名とげた人のボランティア」、最後にひと花咲かせようとする人の「土俵際の踏ん張り」といったものに限定せざるを得ません。旧友の森治郎さんに「日本国憲法の今」の短期集中連載をお願いしたのは、時局的なテーマも取り上げたいとの思いからです。
連載でなくても、一発提言を「徳俵」というタイトルで掲載するのはどうかとも考えています。何人か声をかけたいとご尊顔を頭に浮かべつつ、遠慮が先に立って踏ん切りがつかない人もいます(^o^)いずれは、政治、経済、社会、文化とさまざまなジャンルから、若い人、女性にも筆者を広げたいと思っていますが、現状ではかなわぬ夢で終わりそうです。
と言いつつも、自薦他薦含めて、奇特な筆者を募集しております(^o^)。
名和小太郎『著作権2.0:ウェブ時代の文化発展をめざして』(NTT出版、2010) /『情報セキュリティ:理念と歴史』(みすず書房、2005)
林紘一郎『情報法のリーガル・マインド』(勁草書房、2017)/ 『セキュリティ経営: ポスト3.11の復元力』(共著、勁草書房、2011)
小林龍生『EPUB戦記 電子書籍の国際標準化バトル』 (慶應義塾大学出版会、2016)/『ユニコード戦記 文字符号の国際標準化バトル』 (東京電機大学出版局、2011)