東山「禅密気功な日々」(28)

蟷螂の尋常に死ぬ枯野かな

 俳人、芭蕉の第一の高弟とされる宝井其角の句である。蟷螂はカマキリ。カマキリはメスより小さいオスがメスの背中に乗って交尾をする。それが終わると、メスは首を後ろに向けて、当のオスの頭をガリガリと噛んで食べてしまう。私はその現場を見たことはないけれど、ネットで検索すれば、その動画やメスの背中に止まったままの頭のないオスの写真を見ることができる。

 この句は、三木成夫『胎児の世界 人類の生命記憶』(中公新書、1983)で知った。そこには「交尾を終えたカマキリの雄が、そのまま雌にかじられていく光景に、実りを終えた草が葉を枯らせていく光景をだぶらせて」詠んだ句と説明されていた。「尋常に死ぬ」という表現が心にひびく。

 三木成夫はすでに30年以上前に亡くなった解剖学者で、東京大学医学部や東京医科歯科大学で研究・講義をしたあと東京芸術大学教授となった。経歴からしてユニークだが、その研究がまた独創的、かつ画期的だった。

 彼は専門である人体解剖学の研究を進める中で、人も動物も植物も、そのすべてが何十億年も前の地球上に偶然生まれた原生生物から派生したもので、進化の過程を自らの細胞の中に今もなお記憶しているとして、それを「生命記憶」と名づけた。彼によれば、私たちの細胞そのものが地球の、さらには太陽系のリズム(宇宙のリズム)を内包している。

 三木は「個体発生は系統発生を繰り返す」というエルンスト・ヘッケル(19世紀ドイツの生物学者、哲学者)の説を受け、あらゆる生物には「原形」というものがあり、それは原生類から人類まで進化してきた何億年もの「記憶」として個々の体内に蓄積されていると主張した。「巨視的に見ればこの原形質の母胎は地球であり、さらに地球の母胎は太陽でなければならない」、「私たちの細胞の一つ一つはちょうどモチを小さくちぎったように、小さく区切られた地球だと考えるよりないわけです」。

 太古の海に最初の原形質が生まれたのが30億年前で、そのあるものは少なくとも5億年前に脊椎動物の祖先となった。海の魚は何十万年も何百万年もかけて行われた造山活動の過程で陸に打ち上げられ、その環境の変化に適応して進化した。最大の試練が「上陸」である。水中と空中では重力が6倍になる。寒暖の変化も激しい。多くは死に絶え、あるものは海に戻り、あるものは両生類から爬虫類へ、そして哺乳類、人類へと姿を変えていく。

 だから「かれらの体内には、生まれながらにして、『宇宙リズム』が内蔵されており」、「思いきった言い方をすれば、われわれの祖先の太古の原形質は、みな地球から分かれたひとつの〝生きた衛星〟である。したがってその集合体である生物の個体もまた一個の星であり、かれらはすべて〝母なる大地〟と臍の緒で結ばれている」。彼は「この問題の指針はただひとつ、それは、卵巣とは全体が一個の『生きた天体』ではないか、ということだ。いや、この地球に生きるすべての細胞はみな天体ではないか……」とも書いている。

 その宇宙リズムは、地球が太陽を回る24時間と月が地球を回る24時間50分という2つのリズムからなる。あらゆる生物は、植物も動物も、「食の相」と「性の相」という2つのリズムで生きている。

 たとえば一年生草花は春に芽吹き、成長し(「食の相」)、秋には稔りの季節を迎え(「性の相」)、種を残し枯れていく(冒頭の写真は、どこからともなく飛んできた風媒花の種子)。サケは故郷の川で生まれて太平洋へと下り、そこで腹いっぱいの栄養を蓄える(「食の相」)。そして時至ればただ一筋に故郷の川をめざし、滝を乗り越え、産卵し受精させる。「性の相」を終えたサケは細菌に侵され白骨化して自然に還る。

 人類は文明を発達させ、自然に逆らう生き方を模索しているけれど、この宇宙リズムから逃れることはできないというのが三木の言いたかったことのように思われる。「われわれの細胞一つ一つが、生きた衛星ではないか、ということになってくるのです。星であるから命令されなくてもちゃんと太陽系の運行のリズムを知っている。‣‣‣。ひろく生物のリズムと宇宙的なリズムとは目に見えない糸で繋がってくるのではないだろうか。人間の体のリズムと天体のリズムが調和したとき、‣‣‣、これこそ生のリズムと宇宙のリズムが調和した生物としての本来のすがたではないかと思うのです」。

・胎児は「上陸期」の苦難を追体験する

 彼はニワトリの受精卵を使って研究していた時、その卵が4日目に急に弱り、その段階で死んでしまうものも多いことに気づいた。ところがこの「苦難」に耐えた卵はまた元気になり、どんどん成長を続けた。その胎児の変化をつぶさに観察するなかで、三木はこれこそかつての「上陸期」の苦難の再現ではないかと洞察した。

 突き動かされるようにして彼は、友人が集めてくれた標本の胎児を解剖して、人の場合は、受胎32日から1週間で、何億年という時代の経過を繰り返すことを〝突き止め〟た。1億年におよぶ上陸のドラマが受胎1か月後の1週間に繰り返され、人類はえらで呼吸するフカから肺で呼吸する哺乳類へと変化するのだという。母胎につわりが始まるのもこのころらしい。

 その経過は『胎児の世界』などに詳しいので、付け焼刃の紹介はこの辺でやめるが、彼はそういう研究をバックボーンにして、自然と人間のかかわりあい、そこでの植物と動物の連続と相違などユニークな考察を公表した。

 その見解は、解剖学を離れて、東洋医学(漢方や鍼灸)、老荘や仏教の思想、民俗学、伝統芸能、さまざまな呼吸法など、広く深い学識に裏打ちされている。とくに生物の「原形」に関しては、ドイツの文豪ゲーテの「形態学、Morphology(ゲーテの造語)」に多くの示唆を得ているという。

 彼は生前、『内臓のはたらきと子どものこころ』(築地書館、1982、後に『内臓とこころ』と改題されて河出文庫として出版)と『胎児の世界』の2著しか公刊しておらず、1987年には60歳すぎで世を去った。名声は死後大いに高まり、その独創的研究をめぐって多くのシンポジウムが開かれ、遺稿集や講演録などが次々に出版された。

 冒頭に掲げたカマキリの句は『胎児の世界』以外にも、折にふれて言及されており、『海・呼吸・古代形象』(うぶすな書院、1992)に収録された論考の中では「この俳人の眼には、昆虫の死も、それは、草木の枯れと同様、ただ、天然自然の理に従ったまでの尋常のものとして映し出されたのであろう」と書いている。

・三木成夫の世界と禅密気功

 三木の洞察は、気功に親しむ者にとって多くの示唆を与えてくれるだろう。

 たとえば呼吸である。彼は「呼吸のリズムは‣‣‣、あの波打ち際の、ザザーと寄せて、そしてサァーと引いていく、あの波のリズムです。それこそ宇宙的なリズムではないでしょうか。お釈迦様の呼吸の教えはこのことではないかと思っております」と書き、また別の個所では「この数百万年にもおよぶ水辺の生活の中で、いつしか刻み込まれたであろう浪打のリズムが、私にはどうしても人間の呼吸のリズムに深いかかわりがあるように思えてならないのです。……。このことは心拍のリズムもまた海のうねりとは無関係でないことを教えてくれる」とも述べている。

 私たちが日々実践している呼吸法のもとは波のリズムなのである。これも三木の著作で紹介されていることだが、調和道開祖の藤田霊斎は九十九里浜の海岸で波浪息という呼吸道を体得したという。波打ち際に一人たたずむとき、寄せては返す波の音に心癒される思いをした人は多いだろう。

 禅密気功と朱剛先生の教えとの関連でも思いつくことは多い。

 本連載を単行本としてまとめた『健康を守り 老化を遅らせ 若返る』(サイバーリテラシー研究所)PARTⅡの<1>「古人の知恵・気・現代科学」では、「気は神羅万象、たとえば人間、人間以外の動物や植物、海や山にも流れている」と説明、朱剛先生は「気は昔の人びとの宇宙感でした。万事万物は気で組み合わさってできていて、それを分解すると気になる。気というものは眼に見えないし、耳にも聞こえないし、触れても感じない。しかし存在していると考えていました。身体も気で構成されており、身体を細かく分解すると気に返る、だから心身の健康は気と密接に繋がっていると考えました」と述べている。

 このくだりは、三木成夫が説く「宇宙リズム」と符合する。さらに先生は「意識と健康、環境と健康、食事と健康などすべては気と繋がっており、気を整えることによって、健康になるだけでなく、良い人生を送れるとも考えていました」と言っており、三木がなお存命であれば、大いに賛同してくれると思われる。

 ほかにも、たとえば蠕動のとき、「体を波のように動かす」というのは、宇宙のリズムに身をゆだねることであり、「慧中を通して無限の宇宙を見る」ことは、それに共鳴することでもあろう。

『胎児の世界』まえがきの冒頭にはこうある。「過去に向かう『遠いまなざし』というのがある。人間だけに見られる表情であろう」。また『海・呼吸・古代形象』に収められた「動物的および植物的」という論考では、動物と植物のありようを対比して述べたくだりで、ロダンの「考える人」と広隆寺の弥勒菩薩の2つの彫像を対比させ、ロダンの彫刻では、「感覚―運動」の動物相が全面に出て、人間のみに宿る「精神」の機能(「近」への志向)が表現されているが、弥勒菩薩には植物相(「遠」への志向)が全面に出ている、と分析している。「〝あたま〟を押さえるものがなく、胴体も手足も、筋肉はのびやかに、‣‣‣、微笑を浮かべた口許には、小宇宙を象るような指の輪が添えられ、‣‣‣。宇宙リズムと秘めやかに共振する植物系の、その内に深く蔵されたこころを、表わそうとしたものではないか」。

 ここは、動物相に支配された「あたま」、植物相ゆかりの「こころ(心臓)」という解剖学的図式を背景にしており、とかく「あたま」が「こころ」を支配しがちな人間に対する批判的目があるのだが、「慧中を開く」ことについて先生が「慧中が開けてはじめて、自然と『微笑み(歓び)は心の底からとめどなく湧き上がる』」という状態になれます。慧中が真に開けば、心身は改善され、悟りが開け、智慧が湧いてきます」と言っているのを思い出すと、また興味深い。

 陰陽合気法では、頭上に太陽、雲、風、月、星などすべての宇宙エネルギーを気のボールとして意識することをめざすが、もう一度、三木の言を引けば、「ひろく生物のリズムと宇宙的なリズムとは目に見えない糸で繋がってくるのではないだろうか。人間の体のリズムと天体のリズムが調和したとき、‣‣‣、これこそ生のリズムと宇宙のリズムが調和した生物としての本来のすがたではないか」ということになる。

 拙著のPARTⅠで「晩夏の三浦海岸」、「青空に浮かぶ夏雲」、「繁茂するノウゼンカズラ」の写真を使ったけれど、三木成夫の世界を知るにつれて、何気ない選択のなかにそれなりの必然性があったのではないかと思えてきたりもするのである。

 蕪村の次の2つの俳句を上げたことにも、一種の感慨を覚える。

春の海ひねもすのたりのたりかな
菜の花や月は東に日は西に

 思想家の吉本隆明は『海・呼吸・古代形象』の解説で、三木成夫の仕事をカール・マルクスや折口信夫に匹敵するものと絶賛、この著者をもっと早く知ればよかったと嘆いているが、それが1992年の段階である。それから30年、ようやく私は三木成夫という碩学の存在を知った。三木成夫の存在を教えてくれた友人、T氏に深く感謝すると同時に、己の不明を恥じつつこの項を書いた(三木成夫の文の引用は『胎児の世界』、『海・呼吸・古代形象』、『内臓とこころ』のほか、『生命とリズム』=河出文庫、による)。

・野口こんにゃく体操の極意

 最後に、三木成夫の著作をいくつか読む中で知った、これも気功と大いに関係のある「野口こんにゃく体操」についてふれておこう(野口晴哉を祖とする野口整体とは別)。

 三木成夫と同じころ、東京芸術大学に野口三千三という有名な先生がおり、音楽や美術の学生の基本素養として「こんにゃく体操」として知られる「野口体操」を提唱していた。こんにゃくの名の通り、体をぐにゃぐにゃにして、重力に逆らわずにぶらりとぶら下げるように動かしたり、前後左右にゆすったりする。これも築基功の動きに通じると言えるだろう。

 「人間の潜在的に持っている可能性を最大限に発揮できる状態を準備すること」を目的としており、ウィキペディアによると、野口は体操の優秀な指導者だったが、教え子を戦地へ送ってしまった呵責の上、自身も身体の不調を来たした。舞踊の道を志すなどの試みのうちに、重力などに抵抗するための筋力を鍛えるよりも、むしろ力を抜いて身体を動きや重さに任せることが、力や素早さなどを引き出せることを発見したという。

 野口の身体イメージは「生きている人間のからだは、皮膚という伸び縮み自由な大小無数の穴が開いている袋の中に液体的なものがいっぱい入っていて、その中に骨も内臓も浮かんでいる」というもので、東京芸術大学でたまたま居合わせた三木成夫とは肝胆相照らす仲だったらしい。

 野口体操の極意もまた禅密気功、とくに蠕動の心得として大いに参考になると思われる。