「ゼロ・ポイント・フィールド」仮説と禅密気功
禅密気功に親しんでいる人にとっては、気が宇宙にあまねく存在するエネルギーだということは常識だと思うけれど、知人に教えられて読んだ田坂広志『死は存在しない 最先端量子科学が示す新たな仮説』(光文社新書、2022)はたいへん興味深かった。
現代科学の最先端はミクロレベルでは、物質の単位を原子核から光子、素粒子へとどんどん細分化し、ついに物質そのものは存在しない、あるのは波動エネルギーだけであるというところまで到達したという。逆にマクロのレベルでは、真空も無ではなくそこには莫大なエネルギーが秘められており、そもそも宇宙は138億年前、「量子真空」が何らかのゆらぎをおこして突然膨張、大爆発(ビッグバン)を起こして、そこから銀河系も、太陽系も、地球も、そして人類そのものも誕生した。
朱剛先生もインタビューでふれたことがあるけれど、宇宙の95%は私たちに普通では認識できない暗黒物質(暗黒エネルギー)から成り立っている。量子真空は実は宇宙のあらゆる場に遍在し、そこには「ゼロ・ポイント・フィールド」というエネルギーの場があり、過去・現在・未来の地球上の、いや全宇宙のあらゆる出来事が波動情報としてホログラム原理で記録されている。だから、その記録は減衰せず、常にその一部に全体を包含している。
私たちがときに経験する予知、予感、直観、既視感、シンクロニシティといった不思議な精神現象はすべて、無意識下の量子レベルで行われるゼロ・ポイント・フィールドとの交流(交信)のせいで、しかも、このゼロ・ポイント・フィールドは138億年の記憶をどんどん蓄積してより広大に、そしてより深遠になっており、我々の自我意識も、肉体の死後はこのゼロ・ポイント・フィールドに比重を移し、宇宙意識と合体していく。
著者は、「『神』や『仏』や『天』とは、宇宙の歴史始まって以来の『すべての出来事』が記録され、人類の歴史始まって以来の『すべての叡智』が記録されている、この『ゼロ・ポイント・フィールド』に他ならない」、「そして、もし、そうであるならば、昔から、世界の様々な宗教において、『祈祷』や『祈願』、『ヨガ』や『座禅』や『瞑想』と呼ばれ、実践されてきた諸種の技法は、実は、この『ゼロ・ポイント・フィールド』に繋がるための『心の技法』に他ならない」と書いている。
また「もし、あなたが、『私とは、この壮大で深遠な宇宙の背後にある、この「宇宙意識」そのものにほかならない』ことに気がついたならば、『死』は存在しない。『死』というものは、存在しない」とも。
先に「蟷螂の尋常に死ぬ枯野かな」で紹介した日本の解剖学者、三木成夫の「人類の生命記憶」の話も思い浮かぶし、昔読んだ、コーリン・ウイルソンの『賢者の石』、ヘルマン・ヘッセの『荒野の狼』の世界も彷彿とさせる。実は、本書にはカール・ユングの「集合的無意識」、アーサー・クラーク原作、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』のスターチャイルド、仏教の天台本覚思想(山川草木悉皆成仏)、般若心経の「色即是空空即是色」、深層意識としての阿頼耶識、さらにはジェームズ・ラブロックのガイアの思想、、グレゴリー・ベイトソンの創発、複雑系の科学、イリヤ・ブルコジンの自己組織化などなど、宗教、科学にまたがる多くの先達の見解が紹介されている。
特筆すべきことは、これがただの幻想、幻視ではなく、科学的な仮説だということである。著者は物理学を専攻した科学者で、ゼロ・ポイント・フィールド仮説を通して、「科学的知性」と「宗教的叡智」を結びつけ、「新たな文明」を生み出す壮大な試みに挑戦しているわけである。
瞑想中にどこかで深い真理にふれるというか、より透明な心境に到達できるという感覚は多くの人に共通するところで、築基功で「慧中を開き無限の宇宙を見る」ということは、まさに、無意識下で行われるゼロ・ポイント・フィールドとの交流を促進する技法の一つではないか。そう考えると、ゼロ・ポイント・フィールド仮説と禅密気功とは大いに親和性があることになるだろう。