SNSが社会を、政治を動かし始めた
B まだ師走に入ったばかりですが、今年をメディア史の観点から回顧すると、SNSが社会を実際に動かし始めた年だったと言えそうです。いわゆるアラブの春や東日本大震災が起こった2011年ごろ、SNS(Social Networking Service)が脚光を浴び、大学で「2011年、SNSの旅」という講義をしていたわけだけれど、最近の傾向は日常生活のレベルでSNSの影響力がはっきりした形で表れ始めたと言えるでしょう。
ユーチューブ、Ⅹ(元のツイッター)、インスタグラム、フェイスブックといったコンテンツ(ソフトウエア)としてのSNSが多くの人に閲覧されるようになり、その影響力が増大した。それはハードウエア、情報端末(デバイス)としてのスマートホンの機能強化とその圧倒的普及に支えられています。スマホの機能はパソコンとまったく遜色がなくなり、いまやニュースを知るにも、新聞はおろか、テレビを見る必要もなくなりました。
A そういう状況を反映しての斎藤正彦兵庫県知事の「あっと驚く」再選でした。海の向こうでもSNSを駆使したトランプがテレビ重視のハリスを打ち負かしました。まさに世界同時の歴史舞台の大転換ですね。
・スマホの普及・機能強化・多彩なコンテンツ
B 下に掲げたのは総務省による情報端末の普及グラフです。
スマホの普及率は、2010年にはわずか9.7%だったのが年々伸び続け、2023年には90.6%になりました。93.3%のテレビともはやほとんど変わりません。一番上のグラフはスマホだけでなくいわゆるガラケー、PHSなどを含むモバイル端末全体の合計を示していますが、その数値は97.4%、テレビを上回っています。万人が何らかのモバイル端末を持っていることを示しているでしょう。
ちなみにパソコンは65.3%、固定電話は57.9&、こちらは年々減少しています(テレビも減少傾向にあります)。若者の中にはパソコンを使ったことのない人もいるようですし、若い世帯では固定電話を引いていない家庭もけっこうありますね。社会全体がスマホで動くようになっている。このことを理解する必要があります。NTT(旧電々公社)がユニバーサル・デザインとして全国津々浦々に電信電話線を敷設しようと努力してきたことを考えると、まさに隔世の感です。
もっとも僕自身はもっぱらパソコン派でiPhoneを持っているけれど、電話以外にはあまり使っていません。
A 僕の場合は、工事見積の送付とか、顧客との連絡など仕事でパソコンを使いますが、ふだんの連絡は公私共にほとんどスマホですませてます。時にはスマホの電源を切りたい誘惑に駆られますね〜。顧客からのトラブルに関する電話など(^o^)。
B しかも通信回線の高速化で、スマホでも光回線なみの速さで動画をやり取りできるようになっています。2020年から日本でもサービスが始まったG5を使うと、5㎇という大容量のDVD1枚がほんの3~4秒でダウンロードできる。人びとはいまやテレビよりインターネットの動画を見るようになっていると言っても過言ではない。コンテンツもどんどん増えています。ちょっとした機材を用意すれば、だれでも動画をつくり、それをユーチューブに簡単にアップできる時代です。みんながユーチューバーになれるわけですね。今年は野球のメジャーリーグで大谷翔平選手が大活躍しましたが、僕なんかも毎日、そのダイジェストをユーチューブ番組で見ていました。コンテンツのレベルもテレビと変らないですね。
A そして、ついに選挙も様変わりしました。これまで若者、あるいは無関心層は既存の選挙システムの枠外に置かれていたのだけれど、その構造に変化が起こった。その最初が7月の都知事選での石丸伸二候補の躍進だったですね。
B こういう背景のもとに、スマホおよびSNSが実際に選挙結果を左右するようになったと言えますね。選挙のあり方が変わったと言っても過言ではない。来夏の参院選ではまた大きな変化が起こるでしょう。SNSやスマホを通して、これまで選挙に見向きもしなかった層が選挙に関心を持ち始め、同時に候補者の方も、ユーチューブなどSNSの威力に気づき始めました。兵庫県知事選では投票率も大幅にアップしました。
・都知事選→総裁選→衆院選→兵庫県知事選&アメリカ大統領選
この件に関して、ユーチューバーの中田敦彦氏が自らの実践を通して鋭い洞察をしています。
2019年以来、インターネット上の「ユーチューブ大学」でさまざまなコンテンツを配信してきた中田氏の以下の動画はたいへん興味深く、また多くを教えられました。
https://www.youtube.com/watch?v=VlMO6NiSJBI&t=26s
彼は7月の都知事選で石丸伸二、蓮舫、小池百合子と、主だった候補者にインタビューしてそれを配信して注目されました。その経緯はこんなふうだったようです。石丸候補がSNSを利用していることに興味を持って、「石丸さんにダメもとでインタビューを申し込んだら受けてくれて、この動画が好評だった。それで蓮舫さんや小池さんにも依頼したら、受けてくれたんですね」。蓮舫、小池氏は「『出たい』ということでもなく、『出ないとやばいかな』という程度だったと思います。しかし、自民党総裁選の段階では積極的に『出たい』という人が表れたんですよ」と、歴史が動いた瞬間を、メディアの渦中にいた人の生々しい実感として語っています。
A 石丸躍進に敏感に対応したのが10月の衆院選における玉木雄一郎代表の国民民主党で、SNSを駆使する戦術が奏功して若者票を集め、4倍増という躍進をしました。
・インターネット広告費、テレビを抜く
B 動画配信の威力を実感した中田氏は11月の兵庫県知事選では、マスメディアの情報とネットでの情報が違うことに注目し、その違いがよくわかる番組を配信しましたが、これなどインターネット動画の質の高さを示したと言えます。
彼は兵庫県知事選はSNSが政治を実際に動かした嚆矢だと位置づけていましたが、慧眼だと思います。彼も触れていますが、これと同じ構図がやはり11月初めのアメリカ大統領選でも起こっています。
トランプ陣営は前回選挙選でもツイッターを駆使しましたが、今回はイーロン・マスク氏が買収したⅩも積極的に使い、ユーチューブの長尺インタビューも受けていました。それに対してハリス陣営はテレビ偏重で、それも明暗を分ける一因になったようです。
テレビが両候補互角、あるいはハリス優勢という予想だったのも注目すべきでしょう。選挙民の実体を把握する点でも、テレビはすでに時代遅れになっており、コンテンツの面でもSNSに遅れ始めた。この点は兵庫県知事選とよく似ています。
このテレビとインターネット(ユーチューブ)のコンテンツの違いに関しても、中田氏は鋭い分析をしています。①テレビは選挙期間に入ると、候補者に対する深堀をしなくなるが、ユーチューブにはそういう情報がふんだんにあった。②テレビは時間枠に制限があるが、ユーチューブにはなく、どんな長いインタビューでも配信できる。③テレビは、大手広告代理店、大手芸能事務所、政権与党に遠慮しがちであり、これらが関わる問題では報道力が弱まっているという認識が国民に広く知れわたった。
テレビには1日24時間という制限があり、しかもゴールデンタイムなど視聴率の高い時間はいよいよ限られますが、インターネットには制限がまるでないから、特定の人に対して掘り下げた情報も提供できるし、利用者も深夜であろうと、自分の都合のいい時に視聴できます。これはインターネットの潜在的な力です。
A 2019年にはインターネット広告費がテレビ広告費を抜いたようですね。
B これもエポックメイキングな出来事ですね。大手広告代理店・電通の恒例調査によると、まさに2019年にインターネット広告とテレビ広告の逆転が起こっています。長い間テレビは最大の広告メディアでしたが、その地位がインターネットに奪われた。新聞、書籍、ラジオを含めたマスコミ4媒体の合計でもインターネットに抜かれました。
・便利で強力な道具を賢く使うために
A スマホの急速な普及やその影響力増大には恐ろしさも感じますね。実際、たった17日間の選挙期間中で兵庫県民の斎藤知事に対する見方ががらりと変わりましたからねえ。
スマホの普及を野放図に放置していていいのか。正しい利用の仕方ということも考えないといけないのではないかと思っていた矢先、オーストラリア議会が16歳未満の交流サイト利用を禁止する法律を可決したニュースがありました。重要な発達段階にある子どもをオンラインの有害コンテンツから保護するのが目的で、当面、フェイスブック、インスタグラム、Ⅹ、TikTokなどを対象に厳格な年齢確認や有害コンテンツ対策などを事業者に義務付けるもので、罰則も設けています。おもしろいことに、ユーチューブは「教育などに役立つため」として対象外です。
B インターネットの黎明期やケータイ普及当初に、やはり子どもの使用制限に関する議論が起きました。サイバーリテラシー研究所としても、小学生朝日新聞で「サイバー博士と考える」という連載をしたり、『子どもと親と教師のためのサイバーリテラシー』(合同出版)を出版したりしましたが、便利性や技術発展のスピードに幻惑されて、有効な方策は取られてきませんでした。
情報はもともと自由であることを求めるものでもあり、規制するのはなかなか難しいけれど、この便利でもあり強力でもあるツールを「賢く」使うリテラシーはやはり必要です。これは必ずしも未成年に限らないですね。改めて「サイバーリテラシー」について整理する必要を感じているところです。
実は昨年、サイバー燈台叢書の一環として『<平成とITと私>①『ASAHIパソコン』そして『DOORS』』を出しました(アマゾンで販売中)。『ASAHIパソコン』創刊前後の1980年代から出版局を離れる1997年ごろまでの私家版コンピュータ発達史です。自分の経験と同時に、当時のコンピュータ事情はどういうものだったのかがわかるように工夫しました。同シリーズ②で、現役だった2013年までをまとめ、それ以後を『<平成とITと私>③として刊行したいと考えています。
この③段階が実はインターネット発達史のきわめて重要な局面です。①②が前史だとすると、③が本番と言ってもいいかもしれません。やはり僕が主宰するZoomサロン、Online塾DOORSで、情報通信講釈師・唐澤豊さんに折に触れてIT最新事情を講義していただいているのですが、最近のトピックスは目を瞠るものがあります。
用語だけを上げても、メタバース、ブロックチェーン、シンギュラリティ、生成AIなどなど。端末としてのパソコンやスマホの機能強化もすさまじく、それらの強力ツールの土台の上にユーチューブ、Ⅹ、フェイスブックなどのコンテンツが花開き、それが実際に社会を動かし、選挙の投票行動にも現実的な影響力を持ち始めたわけです。
自分たちが置かれた現代という時代を理解し、いかに豊かなものにしていくことができるかを、あらためて考える必要があると思っています。「年寄りの冷や水」と言われるだろうけれど^o^)。