「公共放送」から逸脱したフジテレビの悲惨
B タレント、中居正広氏の性加害スキャンダルはついにフジテレビの港浩一社長(写真左=日本テレビ)と加納修治会長(同右)の辞任という事態へ発展しました。フジテレビは1月17日に港社長が出席者制限、動画撮影禁止という記者会見で「会社は知らぬ存ぜぬ」と逃げ切りをはかりましたが、さすがに多くの批判を浴び、28日にやり直し会見になりました。それ以前に開かれた臨時取締役会で両氏の辞任が決まり、今度は記者制限のない記者会見を行ったわけです。集まった記者はメディア関係者、フリージャナリストなどを含め400人以上、午後4時に始まった会見は翌午前2時を過ぎるまで延々10時間半という記録的な長さになりました。
同会見にはフジグサンケイループのドンとも言われ、現在のフジの体制を築き上げた日枝久フジサンケイグループ代表、フジテレビ取締役相談役は姿を見せず、中居正広氏の性加害、およびその後のフジテレビ側の対応については謝罪したものの、この事件を生んだ遠因としての女子アナをタレントなどの接待要因として使っていたのではないかという疑惑については、港社長の答弁が相変わらずすっきりせず、これが記者会見が長時間に及んだ原因であるのは確かですね。
A フジテレビをめぐるスキャンダルに火をつけたのは、お定まりの『週刊文春』でしたね、当初は「中居氏がフジテレビの女性アナウンサーに性加害を加え、そのため当の女性アナウンサーは仕事を続けられない精神的打撃を受けた。その間にフジテレビのプロヂューサーが介在していた」ということだったけれど、同テレビではこの種の「女子アナ」を接待要員として使っていたのではないかとの疑惑へと発展しました。
フジ側の説明では、事件が起こった当日に当該プロデューサーが直接関与したことはなかったということですが、それ以前の同種パーティーの延長上で事件が発生したと考えると、組織としての責任は免れないのでは。
B 今回明らかになったフジテレビの実態は、前々から想像していた以上にひどいものでした。「テレビなどの放送会社は公共の電波を使った公共事業であり、一種の文化的な営みである」との建前は完膚なきまでに否定されていたわけです。
フジ変質の経緯はきちんと検証すべきだと思いますね。僕は1980年代初頭に雑誌編集部に所属していたころ、テレビを取材したことがあります。フジはもともと財界主導で開設したテレビ局ですが、取材当時のフジは民放一の高視聴率を誇っていました。時間区分の視聴率で言うと、ゴールデンタイム(午後7時から10時)、プライムタイム(10時から11時)、全時間を通して視聴率で第1位、いわゆる三冠でした。ドラマでは「北の国から」、「鬼平犯科帳」、「剣客商売」などの人気番組を擁し、当時勃興しつつあったお笑い番組では「オレたちひょうきん族」とか、タモリの「笑っていいとも」などでヒットを飛ばしていました。81年から「楽しくなければテレビじゃない」をキャッチフレーズにし、その後、フジはこのお笑い路線に大きく傾いていくわけです。
ちなみに日枝久氏(写真)は1980年に編成局長に就任。1983年に取締役編成局長、そして1988年に代表取締役社長に昇任しています。港浩一氏はそのバラエティー現場で活躍、ディレクター、プロデューサーとして「とんねるずのみなさんのおかげです」を手がけました。2022年にフジテレビ代表取締役社長およびフジメディアホールディングス取締役に就任しましたが、彼が女性アナウンサーを同席させる食事会を定番化(常態化)させたとも言われています。
・バラエティ路線に舵を切った日枝・港体制
結局、日枝、港体制でフジは芸能本位、バラエティ番組中心のテレビ会社へと大きく舵を切ったと言えるでしょう。報道番組の影は薄れ、代わってバラエティ番組に各種のタレントがコメンテイターとして参加、政治や外交、経済ニュースにまでコメントするようになっていきます。他局も含め、女性アナウンサーは「女子アナ」としてもてはやされるとともに、本来の業務以外の接待要員化も進んだようで、これもフジが先鞭を切ったわけですね。
もちろん庶民感覚に裏付けされたお笑いタレントのコメントが意味がないと言っているわけではありません。その方が視聴率が取れると、報道解説や教養番組も、バラエティ化の波に呑まれていきました。つい最近まで、オリンピックとか世界陸上といったイベント中継も、スポーツにはほとんど知識のないジャニーズなどの若手タレントが大挙して出演して、お祭り騒ぎのような報道をしていたわけですね。
今回の事件は、女子アナを接待要員として使っていたのではないかという疑惑も顕在化させました。フジ側の煮え切らない態度や17日の無責任な記者会見を理由に、多くのスポンサー企業が広告を引き上げる事態に発展、それがきっかけになってようやくフジは社長を更迭、やり直し記者会見をしたわけです。
A 日枝氏は安倍元首相とも昵懇で、安倍元首相が「笑っていいとも」に出演したこともありましたね。安倍元首相はその一方で、報道の公正・中立性についてテレビ局に大きく介入、それがきっかけで、硬派のジャーナリストが次々にテレビ局から追放されたりしました。
B この件については当コラム(「メディアの根底を突き崩した安倍政権」『山本太郎が日本を救う・第2集、みんなで実現 れいわの希望』所収、アマゾンで販売中)でもふれましたが、こういった動きとフジの変質とは表裏一体にあったとも言えるでしょう。
A これはフジだけの問題ではないでしょうね。他のテレビ局はこの事件の報道に及び腰だったけれど、それは自社に跳ね返ってくるブーメラン効果を恐れたためだと思います。
B 前回、予告したOnline塾DOORSの<ジャーナリズムを探して>シリーズは1月20日に朝日OBで現在はユーチューブ番組「一月万冊」で活躍する佐藤章さんにご出演いただいて無事にスタートしました。<新講座発足にあたって>で書いたように、新聞ばかりでなく、テレビ、ラジオ、出版、インターネットも含めて、IT社会におけるジャーナリズム再生の可能性を探りたいと思っていますが、フジに象徴されるテレビ局全体の変質は由々しき事態だと思います。
今回知ったのだが、総務省で次官級ポストである総務審議官をつとめ、菅元首相の長男の接待事件で話題になった山田真貴子氏がフジ相談役に天下っているんですね。テレビ会社を指揮監督すべき総務省役人が4人もフジテレビに天下りしています。
この会見はフジを始めTBS、テレ朝などで実況されましたが、10時間半という長丁場はやはり異常ですね。日枝氏の欠席、フジ側の煮え切らない態度、前回の会見のやり直しなどの事情はあったけれど、質問の内容、方法など記者側の資質も問題になるでしょう。企業側、政権側が記者会見に参加する記者を制限したり、そこで主導権を撮ろうとするとき、これに対抗する記者側が、ただ無制限に開催しろと叫ぶだけでは、悪貨が良貨を駆逐するではありませんが、その役割、善意の意図にもかかわらず、かえって国民にそっぽを向かれる恐れもあります。これも<ジャーナリズムを探して>のテーマだと思っています。
もう一つ付け加えれば、今回の事件をきっかけにフジテレビでは80人ぐらいだった労働組合の加入者が500人に急増したという報道も興味深いですね。テレビが好況のとき、何もしなくても給与が上がると、組合に見向きもしなかった人びとが突如、自分たちに降りかかってきた「倒産」の危機に、団結して経営陣に当たろうと思いなおしたようです。
僕の持論、サイバーリテラシー3原則の1つが<サイバー空間は「個」をあぶりだす>というものです。組織のくびきから離れて自由になった「個」の危うさを指摘したものですが、深いところで見ると、テレビ業界の変質にインターネット普及が大きな影響を与えていることも明らかです。1995年はインターネット普及元年と言われています。
・大石あき子の国会演説に胸のすく思い
A フジ記者会見が開かれていた 同日は国会も開かれており、NHKは国会中継を流していました。れいわの大石あき子議員が演説で、堂々たる石破政権攻撃を展開したのは、近来稀に見る名演説だったと思います。フジテレビのキャッチコピー「楽しくなければテレビじゃない」ではありませんが、所信表明で「楽しい日本」という歯の浮くような演説をした石破首相に対し、「国民はますます貧困になり、1万件を超える中小企業が倒産している。そういう現実が見えないような首相は、いますぐやめてくれませんか」と畳みかけていました。
大石あきこさん最高! 小気味いい!キレッキレッの弁舌!山本代表も大満足では!
B いまのテレビ局の変質はここ数十年の国会の変質と呼応したところがありますね。自民党はとにかく数を獲得しようと、女子アナを起用するフジテレビのように、人気タレントを次々と国会に送り込みました。お笑いタレント偏重のテレビが公共放送という枠を逸脱したように、タレント重視の国会は国会の意義を変質させたとも言えますね。「上からのクーデター」がやりやすいように、国会が再編成されたとも言えます。
ちょっと誇張気味だけれど、社会全体の「知の軽視」、「痴の推奨」とでも言うか。テレビ普及初期に評論家、大宅壮一が言った「一億総白痴化」が名実ともに実現した感じもします。
A なるほど。言論機関としての本筋を喪失したテレビ企業の空洞化と、実のある討論を軽視し、数だけでごり押しする国会の空洞化。そういう中での大石演説ですよ。彼女の才能の表れではあるが、前回衆院選でれいわ新選組が9議席を得たという事実が彼女に力を与えたようにも思います。山田太郎代表は、次回参院選では7議席を獲得、非改選議員も含めて参院10議席を得たいと言っていましたが、その参院選は7月、もうすぐですね。