<補遺・興味深い2冊の関連書籍>2014/6/26
この事件に関連したドキュメントが2014年に2冊出ました。
①グレン・グリーンウォルド『暴露 スノーデンが私に託したファイル』(田口俊樹他訳、新潮社、原題No Place to Hide : Edward Snowden , The NSA , and The U.S , Surveillance State )
②ルーク・ハーディング『スノーデンファイル』(三木俊哉訳、日経BP社、原題The Snowden Files : The Inside Story of the World’s Most Wanted Man)
①は、エドワード・スノーデンに最初に接触し、世界的スクープをものしたジャーナリストによるもの。見知らぬ人物から「香港で会いたい」との連絡が入り、半信半疑で現地に赴き、そこでスノーデンから膨大なNSA文書を見せられる。米ガーディアン(英ガーディアンの100%米国版、2011年に営業開始)で発表するまでの経緯など、スパイ映画並みの物語です。NSAファイルの中身も詳細に紹介されています。②はガーディアンの記者によるもので、この間のいきさつが①より俯瞰的に描かれています。
①を題材に米ソニー・ピクチャーズエンターテインメントが映画化する計画ですが、②もベトナム戦争を告発した映画『プラトーン』などで有名なオリバー・ストーン監督が映画化することを発表しています。映画公開時にはまた大きな話題になるでしょう。
この事件については授業(『IT社会事件簿』)で以下の3点を指摘しました。
<1>デジタルデータは漏れやすい
<2>権力は惜しみなく奪う
<3>機密の機密性が薄れている
2冊の本を読むと、とくに<2>に関して、デジタル情報が国家の諜報活動を根本的に変えてしまったことに改めて驚かされます(以下、引用のあとの数字は該当図書)。「情報機関による電子通信傍受は、主に9.11テロ後の政治的パニックのおかげで、もはや手のつけられない状態になっていることがわかる」(②、ガーディアン編集長アラン・ラスプリッジャーによる序文)。NSA、というより米政府が市民のデータを根こそぎ収集している事態が浮かび上がったのです。
ユビキタス監視 その手法はかつてのスパイ活動とはまるで違います。容疑者に関する情報を体当たりで集めるのではなく、とにかくあらゆる情報を集めるだけ集めて、その中から容疑者に関する情報を絞り込むという「ユビキタス監視」が常態になっています。デジタル情報がこれを可能にしたわけですね。だからこそ、犯罪や容疑に関係のない私たちの情報も集められてしまいます。どんなきっかけでそれが顕在化させられるかわからないという怖さがあります。事件後のツイッターのつぶやきにある通りです。「NSAはバーに入って言う。『ドリンクを全部くれ。どれを注文するか考えるから』」(②)。
またデア・シュピーゲルとのインタビューで、ジョン・マケイン上院議員は、なぜ米国のスパイはドイツ・メルケル首相のケータイを盗聴したのかと問われて、「そうすることができたからでしょう」(②)と答えています。まさにスノーデンが言ったように、「連邦機関はインターネットを乗っ取った」(②)と言えます。
盗聴はテロ対策を口実に、実はアメリカの企業支援のために使われている面もあるようです。セキュリティ専門家のブルース・シュタイナーは「ユビキタス監視は効果がないばかりか、犠牲にするものが多すぎる……それはわれわれの技術体系を破壊する。……。これは〝NSAが盗聴できるデジタル世界〟と、〝NSAが盗聴できないデジタル世界〟のいずれを選ぶかという問題ではない。〝あらゆる攻撃に対して無力なデジタル世界〟と、〝あらゆるユーザーが守られるデジタル世界〟のいずれを選ぶかという問題なのだ」(①)と言ってます。
IT企業の協力と抗議 しかもシリコンバレーのIT企業がNSA戦略に完全に組み込まれており、NSAはこれら企業のサーバーに直接アクセスできるようになっていました。NSAはIT企業と暗黙の協定を結んでおり、だからこそIT企業は当初、データ提供を否定したわけです。「NSAは民間協力企業の社名をもっとも重要な秘密と位置づけ、企業にたどり着く手がかりが含まれる文書を厳重に保護している」(①)。
この協力体制は2007年ころからと言います。「あるスライドには、シリコンバレーのIT企業がNSAのパートナーになったと思しき日付が明示されていた」(②)。最初にデータ提供に協力したのはマイクロソフトで、2007年9月11日。ついで、ヤフー、グーグル、フェイスブック、パルトーク、ユーチューブ、スカイプ、AOL、最後がアップル(2012年10月、ジョブズ死後1年後)となっています。「スノーデンは香港で、この『直接アクセス』こそがPRISMの実態であると強調した。……『IT企業は、監督したり責任を負ったりするのが嫌だから、NSAに直接のアクセスを認めるのです』」(②)。
もっとも、後にIT企業は政府のやり方に強く抗議しました。革新的で因習にとらわれないというイメージがすっかり色あせてしまったからです。「グーグルは『邪悪たるべからず(Don’t be evil)』というミッションステートメントを誇りにしていたし、アップルは『発想を変えよ(Think Different)』というジョブズの教えをアピールしていた。マイクロソフトのモットーは『一番のプライオリティーはプライバシー(Your privacy is our priority)』である。こうした企業スローガンはもはや皮肉にしか聞こえない」(②)。
「夏の間(2013年夏―矢野注)、これらのハイテク企業はずっと同じメッセージを発しつづけた。NSAが(合法的にではあるが)自分たちに協力を強制したのだ、と。決して自主的にデータを提供したのではなく、裁判所の命令にしかたなく応じたという言い分である」(②)。
スノーデンの勇気 この事実をリークした29歳の若者、エドワード・スノーデンは、2014年6月現在、1年間の亡命を認められてロシアに滞在中だが、彼が最初にグリーンウォルドに送ったメールの文言を読むと、彼が民主主義社会を守るために一身を賭して告発に踏み切ったことがうかがわれる。「私は自分の行動によって、自分が苦しみを味わわざるをえないことを理解しています。これらの情報を公開することが、私の人生の終焉を意味していることも。しかし、愛するこの世界を支配している国家の秘密法、不適切な看過、抗えないほど強力な行政権といったものが、たった一瞬であれ白日の下にさらされるのであれば、それで満足です」(①) 。
市民のプライバシーを踏みにじるアメリカのNSA、FBI、CIAといった諜報機関にたった一人で反乱を起こしたわけです。愛する長年の恋人、楽園ハワイでの生活、理解ある家族、安定したキャリア、魅力的な給料、無限の可能性を秘めた前途洋々の人生といったものすべてを彼は捨てました。なかなかできないことです。「国家情報長官という立場にあるジェームズ・クラッパーのような人が国民にひどいうそをついて、何の報いも受けない。これは民主主義の堕落の表れです」(②)。
アメリカ政府は第一級の国家犯罪者として、彼を執拗に訴追していますが、彼の勇気にペンタゴンのベトナム文書を告発したダニエル・エルズバーグ、米外交公電などをウィキリークスに流したチェルシー(元ブラッドリー)・マニングなどの系譜に連なるアメリカ社会のしたたかな復元力を見ることができるでしょう。
グリーンウォルドは「われわれは、監視活動自体をすべて撤廃すべきだなどと訴えているわけではない。大量監視のかわりとして、対象を限定した諜報活動――実際に不正行為に関わった確かな証拠がある人間だけに向けた監視――をおこなうべきだと訴えているのだ」(①)と述べていますが、ここにはデジタル情報社会の歯止めのなさが露呈しており、快適なIT社会を生きるために私たちが考えなくてはいけない大きな課題が提出されています。
日本人にも無縁ではない この事件は日本人にとっても無縁ではありません。事態はグローバルに進んでいるからです。②に「政府は愛国者法を秘密裏に解釈している。それは条文の内容とあまりにかけ離れているため、議会が承認していないまったく別の法律を指しているかのようだ」という民主党上院議員の述懐が紹介されていますが、権力によって、秘密裏にやすやすと進められるこの種の拡大解釈がいかに危険なものであるか、現下の日本人にとっても、まことに他人事でないと言えるでしょう。