法学における嘘の扱い (2): 消費者(保護)の視点から
連載第36回で、経済学が開拓した「情報の非対称性」の理論を紹介しました。また経済学は「市場」を前提に議論するので、何らかの事情で「市場が失敗する」(法学的に言い直せば「契約が有効でない」に近い)事態を嫌います。その被害者の大部分は消費者ですから、法学が「嘘」から守る対象として「消費者」を第一に考えるのは当然とも言えます。このような分野の特別法の総体は、講学上「消費者法」と呼ばれますが、複合領域をカバーするので概説は容易ではありません。ここでは中田邦博・鹿野菜穂子(編)[2018]『基本講義 消費者法』(日本評論社)の諸論稿を中心に、最も分かり易い例を説明します。
・意思表示の特別法としての消費者(保護)法
民法は一般法として、典型的・一般的な規定を定めるもので、それが十分でない場合には特別法が制定されることになります。大量生産・大量消費の時代を経て、サービスを含めた消費活動が活発化するにつれて、「情報の非対称性」等に影響された取引の弊害が目立つようになりました。そこで、A. 製品やサービスによる危害を防止する(安全)、B. 製品やサービスの表示を適正にする(表示)、C. 契約の形式や内容を公平にする(取引)の3局面で、新たな法的手当の必要性が生じました(第3章「消費者と行政法」中川丈久執筆)。
このうち C. は、民法の意思表示の規定の特別法とも言える部分があるので、そこだけ説明しましょう。消費者が「契約は有効でない」と主張し得るケースとして、民法には、前回説明した ③ 錯誤、④ 詐欺、 ⑤ 強迫の3つ(以上、いずれも「取り消し得る」)に加えて、⑥ 公序良俗違反による無効(改正民法90条)、の4ケースが準備されています。しかし裁判結果を見ると、いずれも解釈論で取消や無効を証明することは難しく、「2000年における消費者契約法および特定商取引法の制定をはじめ、重要な特別法の制定や改正」が行なわれることになりました(第2章「消費者と民事法」鹿野執筆)。
消費者契約法(2000年法律61号)は、上記C.のうち契約締結過程における民法の特別法として、消費者(原則として個人ですが、「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合」は除かれます。同法2条1項)と事業者(同条2項では「法人その他の団体」か「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」)間の取引(いわゆるB to C = Business to Consumer)には、民法より優先して適用されるものです(第6章「消費者契約法 (1) 総論・契約締結過程規制」鹿野執筆)。
その第4条は、消費者が同条に規定される以下の4つのタイプの不当勧誘行為によって誤認または困惑して意思表示した際には、契約を取り消すことができるとしています。
1) 重要事項の不実告知、不確実事項の断定的判断の提供(1項)、
2) 重要事項等に関する不利益事実の不告知(2項。前項を含め民法の詐欺における「故意」を不要に)、
3) 交渉の場からの退去意思の表明あるいは要請を無視した勧誘(3項。民法の強迫の要件を緩和)
4) 通常の分量を著しく超える分量の勧誘(4項)。
また特定商取引法(1976年法律57号)は、消費者トラブルの生じやすい訪問販売・通信販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引・特定継続的役務提供・業務提供誘引販売取引・訪問購入の8つの取引形態だけを対象にするものですが、その限りでは民法に優先する規定を設けています。最も有名な例はクーリング・オフ(同法9条ほか。通信販売には適用されませんが、返品権という代替手段があります)と呼ばれ、「消費者が訪問販売などの不意打ち的な取引で契約したり、マルチ商法などの複雑でリスクが高い取引で契約したりした場合に、一定期間であれば無条件で、一方的に契約を解除できる制度」(国民生活センターのホーム・ページから)です。
なお意思表示に関する一般原則は、有体物が中心の時代に制定されたものであるため、ネット取引の特性を反映して、修正されることがあります。例えば、電子商取引におけるクリックの間違いも表示行為の錯誤の一種ですが、「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」(2001年法律95号)によって、承諾の意思表示の錯誤に重過失があっても、表示行為に対応する内心的効果意思がなかった場合(同法3条1号2号の場合)には、原則(民法95条本文)どおり無効となる(3条本文)こととされています。ただし、事業者が承諾の意思表示を確認する措置を講じた場合や、消費者から事業者に対してそのような措置を講ずる必要はないという意思の表明があった場合には、表意者に重過失があれば表意者から無効を主張することはできません(3条但し書き)。
これらの規定も民法の改正に連動して、法律名が「電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律」となるほか、「無効」から「取り消し得る」ことに変更になり、新設される「動機の錯誤」には適用されず、「表示の錯誤」のみに適用されることになります。
・「消費者」に関する3つの見方
それでは、消費者は「a. 専ら保護の対象」なのでしょうか? それとも「b. 賢い消費者」として、経済学の標準モデルであるrational personを具現化した存在と認識すべきでしょうか? さらには私自身の主張である「c. 誤り易い個人(Error-Prone Person = EPP)」に包摂されると考えるべきでしょうか? ここには、経済モデルとしての妥当性を超えて、「法学は消費者をどう捉えるべきか」という論点が潜んでいるように思えます。
この点に関して前出の書籍の共編者である中田は、「甲 弱者としての消費者」「乙 自立した権利主体としての消費者(市場の主体としての消費者)」「丙 社会的弱者としての消費者(要保護性の高い消費者)」3つのモデルが鼎立していると分析しています(第1章「消費者法とはなにか」中田執筆)。
甲 は、労働法が「弱者としての労働者の保護に重点がある」のと同じ考え方で、旧「消費者保護基本法(1968年制定)」の背景にあった発想と思われます。乙 は、それが2004年に大幅に改正され、名称から「保護」が削除されて「消費者基本法」となった時の発想に対応し、「保護から自立へ」がキーワードの1つになっています。丙 は、乙 を認めてもなお保護すべき対象(高齢者、18歳・19歳の若年成人、障碍者など)に対して、特別な扱いの必要性を説くものです。
このような分析を私の分類と対応させると、a) と甲、b) と乙 はほぼ対応しますが、c) と丙 の関係は定かではありません。丙 では法学一般がモデルとする「合理的な判断ができる平均的個人(average reasonable person = ARP)」は原則的に除かれるのに対して、c) では適用の余地がある(一般人でも「時と場所と態様」によっては誤るので)という差があると思います。
私としては、c) の「誤り易い個人」モデルをもっと広く理解してもらい、丙 におけるように特別扱いが必要な対象者だけではなく、一般人に対しても適用可能性を検討していただきたいところです。河上正二 [2018]「消費者法の来し方・行く末」『消費者法』第5号巻頭言 には、「平均的合理的人間から具体的人間へ」という表記がありますが、私の理解と同じかどうかは、なお見極める必要がありそうです。
なお、このように消費者法では、権利の主体となるはずの「消費者」の定義が不明確である(法律によっては「購入者」「相手方」「顧客」などが主体であるとしつつ、「営業のために」した場合は除くと規定している)ことも反映してか体系的に論ずることが難しく、中田・鹿野(編)[2018] も、以下のように多くの法分野にまたがったものになっています。
民法:例示した通り、消費者法は民法の特別法という性格を強く持っています。
行政法:消費者庁・消費者委員会・国民生活センターのほか、公正取引委員会なども関係し、各種の行政規制・措置や課徴金の役割が高まっています。
刑法:違反行為に対するサンクションとして刑事罰に期待する場面があり、刑事と民事の連携も生じています。
経済法:独禁法の消費者保護法的な側面は、消費者法と相互補完の機能を持ちます。
・消費者問題は国際的問題
インターネット取引には、国境がありません。また消費という活動は、万国に共通であるため国際的な運動論となる素地がありますから、消費者法については比較法的な視座を欠かすことはできません。食品安全におけるCODEX(ラテン語で「食品規格」の意)の役割、製造物責任法の国際的平準化、EUのデータ保護法制の域外適用による世界各国への影響等に見るように、消費者法の国際的伝播には注意が必要です。
消費者運動の国際的組織であるCI(コンシューマーズ・インターナショナル)は、① 生活の基本的ニーズが満たされる権利、② 安全である権利、③ 知らされる権利、④ 選ぶ権利、⑤ 意見を反映される権利、⑥ 救済を受ける権利、⑦ 消費者教育を受ける権利、⑧ 健全な環境の中で働き生活する権利、の8つを消費者の権利として掲げています。
消費者基本法制定50周年を記念した論文で、消費者委員会委員長である松本恒雄は、消費者被害の救済のしくみに関して、以下の3つの課題を指摘しています(「消費者政策の変遷と法整備」『国民生活』No.70、2018年5月)。
① 少額訴訟制度やADR によって個別被害の救済をもっとやりやすくする、
② 団体訴訟やクラスアクションによる集団的被害救済(2016年10月から施行されている「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」(消費者裁判手続特例法)は、対象がかなり限定されている)、
③ 消費者保護執行機関、行政機関による消費者被害救済のための損害賠償訴訟(2006年の組織犯罪処罰法の改正と「犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律」の制定に基づく被害回復給付金支給制度があるが、消費者被害が「組織犯罪」に該当し、犯罪収益が没収・追徴されていることが前提と、要件が厳格である)。
・情報法との共通項
以上、駆け足で「消費者法」を概観しました。いずれの特別法も、情報の量と質の面で見劣りし契約交渉力でも劣る「消費者」の立場を、民法の一般レベルよりも保護する立法(消費者取引法第1条の目的に相当)と言えるでしょう。しかも、意思表示を初めとして「情報法」の考察対象とかなりの重複がある点(情報が消費の対象になる場合と、情報が行為の基礎となる場合の両面で)に、お気づきになったのではないでしょうか。正直に言えば私自身も、この連載を通じて両者の交錯をより深く理解できるようになりました。
消費者法の視点を持つことによって、情報の非対称性がある場合において、誰をどこまで保護する必要があるのか、あるいは保護だけに偏ってはいけないのか、が明確になるように思います。「消費者保護基本法」が「消費者基本法」に変わった歴史から見ると、個人情報保護法からも「保護」の文字が抜けて「個人データ法」となることも考えられます。また、中田・鹿野(編)[2018] は最も体系的な概説書ですが、前述の中川の A. B. C. 分類のうちC. の契約に重点があり、安全と表示に関する分析は相対的に薄いように思われます。
このように、消費者法はまだまだ発展途上にあるという意味でも、情報法と共通項があるので、今後も両にらみの分析を続けていきたいと思います。しかしそのためには、私自身が消費者法をもっと深く理解する必要があると痛感した次第です。