鎌倉アカデミア80周年

鎌倉・材木座海岸近くにある浄土宗の関東総本山、光明寺境内に「ここに鎌倉アカデミアあり」という石碑が建っている。鎌倉アカデミアはまだ戦跡生々しい1946年に、戦前の反省から「新しい教育」をめざして、光明寺の庫裏(開山堂)を仮校舎にスタートしたユニークな「大学」で、6月13日(2026年)に80周年記念行事が開かれた(写真は西郷信綱筆の石碑とその前での式典参加者)。
設立に尽力した学者、宗教家、演劇人、町内会長などからなる鎌倉分科会の人びとが描いた夢は以下のように表明されている。
これからの教育は、自分の頭で考える人間づくりにある。教育に携わる人間は、大胆に思い切った教育を進める野人の中から選び、学校は寺子屋でもいいから、文部省の中央集権的な教育統制は無視すべきである
アカデミアに参集した学長の哲学者・三枝博音をはじめ、三上次男、林達夫、高見順、西郷信綱、吉野秀雄、さらには演出家・村山知義、千田是也といった個性あふれる教授陣は、教育の理想を求めて自由な実践を大胆に押し進め、「楽しい学園」を目指した。
「ボロを着ても心は錦」ではないが、寺子屋のような粗末な校舎ながら、気概はプラトンが創始したギリシャの「アカデミア」を目指した。鎌倉在住の作家、大佛次郎も一時、べニア板で仕切られた教室で授業をしたという。
その自由な校風に育てられ、作家・山口瞳、作曲家・いずみたく、映画監督・鈴木清順、俳優・前田武彦など多くの逸材を輩出。その先駆性がいま改めて見直されている。
後に校舎を横浜市の海軍燃料廠に移しながら4年余の授業を繰り広げたが、様々な障害と不運に見舞われ、新制大学の認可を得られず、1951年に廃校した。
80年式典では、卒業生の師弟や家族、アカデミアを機に生まれた劇団かかし座、ひとみ座関係者など50人以上が参加した。まさに老若男女の集いで、10人以上はいた子どもたちは、人形劇にさかんに喝采を送り、和やかな空気だった。
往時をしのびつつも、鎌倉アカデミアの遺産をいかにして今後に残すかの座談会も開かれ、鎌倉を拠点にユニークな活動を続けている「材木座文庫」、「古民家ユリイカ」、「ファブラボ鎌倉」、「ニューコロンブス」などの若者たちも参加、会場は熱い熱気にも包まれていた。
80年後の今は、役に立つ知識や技術の習得のみが奨励され、高等教育を受ければ受けるほど人格が貧しくなるという皮肉な実利本位教育が主流である。あらためて「鎌倉アカデミア」の伝統を生かす道はないだろうかと、つくづく考えさせられる。
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