山本太郎が一端引いても、れいわ躍進は止まらない
A 新年早々、山本太郎が多発性骨髄腫のために参院議員を辞職するというショックなニュースがありました。心配していたこと、恐れていたことがついに起こったという感じですが、14年間、200%の力で走ってきたわけだから、起こるべくして起こったとも言えますね。まさに命を削った闘いの結果としての休息。ストレスから解放されることをひたすら祈る気持ちです。
B 僕の友人で、それこそ人一倍の頑張り屋が、やはり過労から骨髄腫にかかったことがあります。山本太郎が21日に記者会見した内容を末尾に「山本太郎発言集」として収録しておきました。
山本太郎が最初の会見で言っているように、これは再起を期すための一端退却ですね。参院議員を続けながら療養をする、というようないい加減な態度が山本太郎には取れなかったということです。「参院議員を続けていたら、それに全身全霊で打ち込んでしまうから、結局、命を縮めてしまう。だから彼は「しばらく自分の命を守る行動に入る」決断をしたんですね。
その後、山本太郎代表に、大石あき子、くしぶち万里の両共同代表、高井たかし幹事長がそろって記者会見をしました。高井幹事長は「いずれは山本太郎に復帰してもらい、れいわ新選組が野党連携の中核になるように頑張りたい」という力強い決意を表明、大石あき子共同代表は「暴走車 止まるときまで 急だった」という一句で心境を吐露、「ピンチをチャンスに変えていくしかない。自由にやってくださいということですから、めちゃくちゃしたろうと思っています。冗談ですが‣‣‣」、くしぶち万里共同代表も「人間山本太郎の生きる力を最大化させることを考えてください。私たちはエンジンとして頑張るつもりですが、この船のかじ取りはお願いしたい。れいわしか日本を変えることはできない。一人ひとりが山本太郎になって頑張る」と述べました。山本太郎代表は「選挙前にこんなことを公表して、同情票を求めていると思う人がいるかもしれないけれど、れいわはそんなせこい生き方はしてないんですよね。通常国会が始まる前にやめようと考えていた。選挙をやると言い出したのは向こうさんですよ」と話していました。衆院議員のやはた愛も自分の動画で「話を聞いてから泣きっぱなしだった。悲しくて泣くんじゃない、悔しくて泣いた。これからはもっと頑張る」と決意を語っていました。れいわ体制は、今回の事件で決して揺るがないという安心感を持ちました。
A この件を世間の人びとがどう受け止めているかを知りたいと、ユーチューブを見ていたら、「あかね94歳の独り言」というサイトにぶつかりました。94歳のあかねさんが山本太郎に託す思いを静かに語ったものです。<山本代表が命を懸けて守ろうとした政策、『生きててよかった』と思える国にしたい」という純粋な願い><彼は国会の椅子に座るために政治家になったのではなく、路上で出会った人々の涙をぬぐうために、この世界に飛び込んだのです。もし彼がこのまま病に倒れてしまったら、この夢は永遠に叶いません>などと語り、彼を救うためには、<闘病中の彼に「あなたを待っている場所がある」「あなたが戻るべき議席が、史上最高の数で用意されている」という勝利の報告をすること。これこそが、最高の特効薬になるのです><太郎さん、安心して休んでくれ。私たちが勝っておくから。あなたが総理になるための席は、私たちが守り抜くから」この言葉を、胸を張って言える結果を、みんなで作り出しませんか>と結んでいます。https://youtu.be/EqQrIGO2jRo?si=xjOMsQ9BwCxDDR2Z
B 94歳の老婦人の言葉には打たれました。彼女に比べれば、われわれはまだ若い。ピンチをチャンスにするべく、今度の衆院選では今こその躍進を祈りたいと思います。
山本太郎が主張し続けてきたように、ここ30年、日本の政治は滅茶苦茶で、企業だけが栄え一般人、労働者の生活水準は低下の一途をたどってきました。サイバー燈台のOnline塾DOORS<ジャーナリズムを探して>シリーズで最近、元朝日新聞記者、和光大学名誉教授の竹信三恵子さんに「なぜ大事なことは報道されないのか」について話を聞きましたが、彼女の著書、『賃金破壊』に、この間の事情を物語る一つのグラフが載っています。
実質賃金の推移の国際比較(出典・井上伸氏作成)で、グローバリズムの中でも、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、イタリアとそれぞれ伸びているのに、日本だけが低迷しています。起点は1997年。終点は2020年。日本が先進国のなかで最も「賃金抑制」に成功した理由は、1990年半ば以降、徐々に企業・労働者の交渉力を企業に有利な方向に変化させてきたことにあるというエコノミストの見解を紹介し、「企業利益にそぐわないものは企業の外にだし労組の圧力が及びにくい仕組みを築いてきた企業政策の結果の賃金デフレだ」と述べています。
そうして、組合活動を「犯罪」として取り締まってきた日本の企業は、世界にどれだけ貢献できたかを考えると、感慨うたたなるものがありますね。野党も丸め込んだこの国の政治に唯一抗ってきたのが山本太郎のれいわ新選組だったわけです。
昨年10月に自民党の党利党略の結果として成立した高市早苗政権は安倍政権の踏襲であり、統一教会問題にも裏金問題にもほとんど正面から取り組まず。初の女性総理でありながら、反女性的な政策を遂行しています。それで内閣支持率が高いというのはまことに不思議ですが、これが現下の有権者の態度だとすると、今回の衆院選でのれいわの帰趨はきわめて重要なものになると思います。まさに「ピンチをチャンスに変えて」、れいわ議員の奮闘を期待すると同時に、我々としてもできることをしたいですね。ようやく国会議員を2ケタの大台に乗せたれいわの躍進を。いま止めるわけにはいかないですね。
A いまこそ多くの人がれいわに一票を投じてほしいと切に願います。
B 山本太郎がたった一人でれいわ新選組を立ち上げた2019年以来、我々は日本の将来を山本太郎に託す思いで、この<折々メール閑話>を始め、その成果をサイバー燈台叢書『山本太郎が日本を救う』シリーズ4巻にまとめてきました(電子本ともにアマゾンで発売中)。
第1巻の「山本太郎発言集」では「『れいわ新選組』を立ち上げました」、「生きててよかったと思える社会に」、「この一滴が大河につながる」などの街頭演説や国会質問を動画から掘り起こして紹介しましたし、第2集では「戦わない『野党』への激」などの発言をおさめ、あわせて国会で懲罰動議にかけられたくしぶち万里衆院議員の「櫛渕万里の弁明」を全文掘り起こして紹介しました。第3集以後は「発言集」として紹介することをしていませんが、その折々の発言はかなり詳細に収録、山本太郎がたった一人で始めた反乱が、ついに衆参両院で14人の国会議員を擁するに至るまでの経過をつぶさに紹介してきました。通読していただけると、山本太郎の政治に駆ける情熱、当初から今に至るまでのぶれない姿勢がおわかりいただけると思います。
最近は参政党の躍進、高市政権の誕生と、国会も社会も混乱の度を深めるにつれて、少し執筆意欲をそがれていましたが、その我々の目を覚ますような山本太郎の大病発表となったわけです。
A 高市首相のまったく身勝手な1月解散を受け、今度こそれいわ躍進のチャンスだと思っていたときの発表だけに、大いにショックを受けたわけですが、ここでひるんではいけない。まさにこの衆院選をれいわ起死回生の一打にしてもらいたいと思います。
山本太郎発言集
しばらく自分の命を守る行動に入ります
(「山本太郎発言集」として、21日の議員辞職会見の全文を紹介します。これまでの発言集は、こちらで動画を掘り起こしてきましたが、今回は東京新聞ウエブ版が全文の活字起こしをしてくれましたので、それを参考にして、一部を編集しています。こういうことをマスメディアが報道してくれるようになったこと自体、れいわにとっては大きな支援になっていると思います)
私、山本太郎は本日参議院議員を辞職します。衆議院選挙のためではありません。健康上の問題です。センシティブな情報なので、言える範囲で説明をします。端的に言うと、多発性骨髄腫。血液のガン、その一歩手前にいます。ここから先に進行しない、させないということを最大のテーマに、今生きなければ、命を失いかねない。なので、議員を辞職して自分の命を守る行動に入ります。いつ最前線に帰ってこれるかはわかりません。これから無期限の活動休止、活休に入ります。
これまで山本太郎を国会に押し上げてくださった有権者、支援や応援をくださった皆さま、これまで支え続けてくださったボランティア、関係者の皆さん、このようなことで任期満了できないことを心よりおわび申し上げます。
秋に人間ドック受けたんですよ。3つの項目で再検査が必要だという結果が出たんです。そのうちの2項目は再検査で問題なかったんですが、3つ目の血液が引っかかっちゃったんですよ。さらに詳しく調べるために、骨髄液も採ったんですね。その結果、多発性骨髄腫の一つ手前にいる状態だと判明しました。
一般的には多発性骨髄腫っていうのは高齢者になられる方が多いと。だから山本の年齢51歳っていうのは、この病気になるのは早いっていう感覚だってことを担当の医師からも言われました。まだ細胞分裂が活発な年齢ではあるわけですよね。それが血液のガンになったら広がるのも一気だ、そういうことだと思うんです。
だからこそその手前で、全力で食い止める必要があると考えました。私の体のこと、プライバシーに大きく関わることなので、病気についての説明はここまでとしたいと思いますが。
過度なストレスが最も大きな原因なんだろうなっていう風には感じてます。例えば、政治に関わったこの14年間を思い返してみたら、頭にできる神経ハゲあるじゃないですか。10円ハゲだったり500円ハゲっていうのが、これ毎年できてたんですよね。多い時で年間5、6カ所、少ない時でも年間2、3カ所っていうのは必ずできるんですよね。毎年それだけコンスタントにできること自体が普通に考えれば異常だったんですよね。自分では10円ハゲですむんだったら、身体的な影響としてはマシじゃないか、ラッキーだよって考えてたんすけれど。体は確実に悲鳴を上げ続けていたんだなって、今なら思えます。
14年間、国会での「完全燃焼」をめざしてきた
2011年の東電原発事故をきっかけに政治活動を始めて、2013年、無所属で国会に送っていただきました。本当に右も左もわからないっていうところから議員としてのキャリアを積ませていただいたわけですよ。支持者、支援者、国会職員の皆さん、そしてよその党、他党の先生方にも育てていただきました。特に自分の中でこだわりを持って譲れなかったものは国会の質疑だったんですよ。準備の段階から連日午前さまは当たり前だったんですね。誰に言われるわけでもなく、強制されるわけでもなく、自分の意思でとことんまで。完全燃焼を目指す14年間でした。
誰に何を言われようとダメなものはダメだってことで。最後の最後は安保法、TPP、共謀罪、移民推進法とかですね。こういったものに対しては直接行動。牛歩も1人でもやってきたんですよね。
国会での活動っていうのは身体的、精神的にかなりのプレッシャーがかかる作業の連続でした。私にとっては今、自分の出せる力を200%出し切るってことをテーマにしてた毎日だったんですよね。充実はものすごくしてましたけどね。
2019年には、ひとりで「れいわ新選組」を旗揚げしました。それに呼応して全国の皆さんが力を貸してくださった。結果14人の国会議員と全国に60人を超える地方議員がうみ出されました。旗揚げからこれまでですけれども、国会の外と中をつなぐ活動としてとにかく全国を回るんだってことをやってきたんですよ。
例えば、消費税廃止デモ。政党がデモを主催するなんてありえない話なんですけど。消費税廃止デモは全国で122回。おしゃべり会は全国で437回ですね。街宣は607回。とにかく1人でも多くの人々に伝えなきゃっていう思いで全国を走り回ってきた。そんな日々でした。
皆さんこんな言葉知ってますかね?「死ぬ気でやってみ?死なねえから」って。いい言葉だなと思ってたんですよ。私は死ぬ気でやってきたんですよ。毎日、今日が人生最後の日だ。そう思いながら自分を追い詰めて力を振り絞ってきたんですね。死ぬ気でやり続けたら、本気で本当に死んじゃう手前まで来ちゃったっていう、これ本当にね、笑いごとじゃないんですよ。
死ぬ気でやってみ?死なねえから。これにはですね、個人差がありますから、皆さんご注意くださいね。もう本当に、程度の問題だと思います。無理が利く方なんで、エンジンが焼き切れる寸前までフル回転させるっていう、そんな14年間でした。だからこそ、こう言うことになってしまったんだろうと。休息をとったつもりでいても、体や心は休まってなかったんだなっていうふうに思います。
この病気、というかこの状態であるってことを医師から言われた時に、目の前が真っ暗になる、ガーンみたいなやつですね。そうはならなかったんですよ。最初はこれ面倒くさいな、厄介なことになったなっていうふうに思ってたんですけれども、どうしていくべきかっていうことを考える中で、心の整理がつきました。今の状態で知れたこと、そこから行動できるって、これラッキーじゃないかっていうふうに思ったんですよ。このままフル回転続けたら、おそらく2、3年で命は燃え尽きることになるかもしれませんよね。
世の中を変える前に自分自身が天に召されてしまいますから、早期発見という状態で、まだ完全に進行していない今だったら、その前に踏みとどまって、健康な状態を取り戻して、何だったら今よりも力をつけて世の中を変えていく、そんな1人になることだって出来るかもしれませんよね。
たとえ死んだとしても、世の中は変えられる
これ、あり得ないと思うんですけれど、万が一、私が死んでしまったとしても心配いりません。日本を食い物にする悪い人たちいっぱいいるじゃないですか。ごめんなさいね、そんなこと言っちゃって。そういう人たちの枕元に毎晩立って、一緒に三途の川渡ろうじゃないかって、を強引にお誘いしようと思ってるんですよ。だから死んだとしても、あの世とこの世でみんなで力を合わせて、悪い政治倒しに行ってやろうって思ってるんです。
どう考えてもワクワクするなっていう話なんです。何が言いたいか?とにかくみんなで勝ちに行くぞってことです。ちなみに、今後についてなんですけれども、私がれいわ新選組の代表であるということは変わりません。直接的な代表業務は、共同代表の大石あきこさん、そしてくしぶち万里さんが担ってくれます。
代表としては3期目に入ったんですけれども、共同代表、幹事長は続投ということになります。これまで3年間に及んだ共同代表制ですが、決裁事項など私自身が抱える業務量はもう既に半分以下になってたんですよね。今の党の理念を変えずにまっすぐ突き進んでいくためには、共同代表のお2人の存在、絶対的に必要です。私はポイントポイントで必要な意思決定を行うとか、業務量をさらに大幅に減らした対応で関わって参ります。
れいわは山本太郎以外目立った人いないじゃない?って言われ続けてるわけなんですけれども、とんでもない。とんでもないってことです。それぞれの分野でエキスパート揃いの議員たち、そして水面下でさまざまに尽力くださる優秀なスタッフ大勢いるんですよ。永田町唯一国会の茶番に与しない、空気を読まないプロ集団です。
旗揚げから6年間、地道に積み重ねてきた仲間たちがさらに活躍する期間になっていくって確信して、頼もしく思ってます。私がこうして休もうって思えたのも、こういった皆さんの存在あってこそですよ。
支持者、支援者の皆さん、山本太郎は一旦最前線から撤退しますけれども、再び国会に戻れるまで、れいわ新選組を育て、支え、もっともっと大きくしてください。太郎推しだったのにって方も中にはいらっしゃるかもしれませんね。そういう方はですね、しばしの間「推し変」したりとかですね。太郎のジェネリック、れいわの中で見つけていただきたいと思います。
非常に魅力的な議員大勢いますので、ぜひ、そういうことで、世の中を変えていくっていうことに燃えていただければという風に思います。ここから先も腐った世の中一緒に立て直していきましょうね。今後ともよろしくお願いします。
