日本を深く蝕んでいた「アベノウイルス」
B 安倍元首相襲撃事件をきっかけにカルト教団、旧統一教会(以下、統一教会と表記)と自民党の深い関係が浮かび上がっていますが、それを自民党が極力隠そうとしたり、メディアも政治と宗教のいかがわしい癒着に及び腰だったり、そういう状況のままに安倍元首相の国葬予定だけは進むという、相変わらずすっきりしない日本社会の現状です。
銃撃犯の山上徹也は選挙期間中に犯行を行ったために、当初は「民主主義へのテロ」かと思われましたが、動機が明らかになるにつれて、統一教会への私的な復讐、単なる「親の仇討」とみなされるようになりました。ところが、統一教会と自民党議員を取り持っていたのが一国の首相だったことがはっきりして、事態はさらに一転、銃撃犯本人も意図せざる「日本社会へのテロ」的側面がクローズアップされてきました。彼は8年余も首相をつとめた安倍晋三およびその政権のもたらしたおどろおどろしい社会の恥部を撃ったと言っていいですね。言葉を換えて言うと、日本の深層に侵食していた病根、「アベノウイルス」を抉り出したわけです。
A 猛威をふるうコロナウイルスの亜型「BA・5」のそのまた亜型じゃないですよね。「アベノウイルス」って、「アベノミクス」、あるいは「アベノマスク」への皮肉ですね。
B 「アベノミクス」や「アベノマスク」が政治の表舞台での話だとすると、「アベノウイルス」は今まで表に出てこなかった、安倍元首相政権下を通じて日本の政治、経済、社会生活のすべてにおいて深く静かに潜行していた害毒のことを指します。まあ、根っこは同じですが‣‣‣。
A ウイルス「アベノドク」と呼んでいたこともありましたね。
B 前にもふれたけれど、安倍元首相は違憲の閣議決定、森友加計問題をめぐる公文書改竄、桜を見る会の各種法律違反など、政治の表舞台で臆面もなく立憲政治をずたずたにしたけれど、その政治手法の異常さに含まれていた毒が、統一教会問題をきっかけに大きく浮上してきたわけです。一国の首相の与える影響は大きい。日本社会全体が大きく汚染されていたことも明るみに出ました。
A その一番の害毒はあらゆる分野の倫理、行動規範をそれこそ根こそぎ破壊してしまったことです。銃撃事件当時、捜査当局は統一教会の名を公表しようとしませんでしたが、おそらく本能的に問題の核心に気づいたからでしょうね。
B なぜ安倍政治は短期間の間に日本をかくも無残な状態に陥れることができたのか。それは安倍晋三という個人の資質と大いに関係があります。一方に愚鈍というほどの無神経があり、他方に一国の首相という絶大な権力があった。この不幸な組み合わせが、他の人ならさすがにここまではやらないと思うような事柄を臆面もなく実行させ、しかもそれが実行された暁には、多くの人が「そういうことも許されるのか」、「それもありか」と安易に追随するという連鎖が起こった。それが「決断する政治」の内実です。ここには既成事実に弱い日本人の特性が大きく影響していると言えるでしょう。この結果、政治の世界のみならず、日本社会の隅々までアベノドクが蔓延しましたが、銃撃事件によってそれが国民の目に可視化されたわけです。
A 森友加計問題もそうですね。安倍首相は国会で森友学園に関する国有地払い下げに関して「私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい」と答弁しました。こんな答弁、普通の人ならしませんね。まさに盗人猛々しいというか、厚顔無恥というか。しかし、それをきっかけに(総理の発言を覆すことになる公文書の)改竄が始まりました。
B 「安倍の口から出た災」だった。そのために死者まで出たわけです。彼には一国の首相であることに伴う責任の自覚がなく、そのためにすべてが歪んでいったと言えるでしょう。衆院調査局によれば、安倍元首相が2019年11月~20年3月にした事実と異なる国会答弁は118回だとされていますが、こういうことが許されてきたわけです。
A この118回という異常さに国民がまるで反応しないことこそが異常ですね。いまようやく「王様の耳はロバの耳」という声が聞こえるようになった。
B 安倍首相の横暴はときに非難され、国会で糾弾されることもありましたが、安倍首相は馬耳東風、自民党議員も右に倣えの反応でした。首相自らが国会でヤジを飛ばしていたわけですからね。このアベノウイルスがもっと深いところで国の中枢機関を汚染していたことが今回の統一教会問題で明らかになったわけです。
さまざまな報道を勘案すると、統一教会と自民党議員を取り持っていたのが、祖父である岸信介元首相以来の岸・安倍家と統一教会の深い関係です。統一教会は韓国生まれの宗教で、その根底には戦前の日本の植民地支配への憎悪を抱えていたようですが、文鮮明教主と岸首相は反共ということで結びついた。統一教会はその強引な布教活動と献金強要で日本の信者から莫大な金を集め、それは韓国、アメリカにまたがる全教団の収入の7割に当たるとも言われています。もちろん信者がいくら献金しようとそれは本来なら問題ありませんが、その強制的なやり方が「山上家の悲劇」も生んでいたわけです。霊感商法に関しては社会問題にもなりました。近年はあまり話題になりませんでしたが、その間も実態はあまり変わらず、安倍政権誕生をきっかけに次第に自民党政治家との関係が深まったようです。
一国の政治を担う者が反社会的教団を支援することはおかしいのだが、安倍首相はそれをほとんど意に介さず、隠しもせず、一部報道によれば、統一教会票を自民党議員に配分するようなこともしていたようです。彼はそれを臆面もなくやったから、自民党議員がどんどんそれになびいていった。ウイルスのウイルスたるゆえんです。
統一教会は霊感商法などで騒がれた反社会的なカルト宗教であり、本来であれば、規制されてしかるべき団体であるにもかかわらず、ほとんど野放しにされてきた理由もまた安倍首相に起因すると推察されています。統一教会が現在の「世界平和統一家庭連合」と改名する申請が文科省によって認められたのも2015年の安倍政権下です。
なぜ安倍首相は統一教会との関係を隠しもせず、自民党議員と統一教会の関係を深めるようなことをしてきたのか。これも普通の人なら、ここまで大々的な関係は自制するはずなのに、彼の場合はブレーキが効かない。そしてここでも、首相がOKと言っているのだから、と多くの人が関係をもつようになったし、それらの議員が安倍内閣で重用もされてきたわけです。
A しかも、岸・安倍家の血脈を岸防衛大臣の三男だかに継がせようとしているそうですよ。そんなことが平然と行われたら、日本は国家として終わりじゃないですか。
自民党議員と統一教会との癒着関係は、教会側は選挙における人的支援などを行い、議員側は統一教会の集会に出かけて挨拶するなど布教へのお墨付きを与えるということのようですね。霊感商法の被害者の会などは何度も自粛を要請してきましたが、安倍首相の威光の前にはあまり効果がなかったと言いますね。
・「満足しきったお坊ちゃん」のふるまい
B こういう奇妙なことがまかり通ってきた遠因は、安倍首相のパーソナリティにあるとしかいいようがない。まさにアベノウイルスです。
これは時々引用されることですが、1930年というはるか昔、しかもスペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットが書いた『大衆の反逆』という本があります。これまで貴族が支配してきた西欧の政治の世界に「大衆」が出現してきたという悲観的考察の書ですが、ここに安倍首相を彷彿させるような「凡庸人」の記述があります。以下の特徴が見いだされると書いてあるんですね。①生は容易であり、あり余るほど豊かであると考えている、②他人の言葉に耳を傾けず、自分の意見を疑ってみることもなく、他人の存在を考慮せず、この世には彼と彼の同類しかいないかのように振る舞う、③あらゆることに介入し、なんらの配慮も内省も手続きも遠慮もなしに、自分の低級な意見を押しつける。
どうですか。これは白水社版(桑名一博訳)の文章そのものです。オルテガは新しい凡庸人の特徴を「満足しきったお坊ちゃん」とも形容しています。それは、「自分がしたいことをするために生まれてきた人間」、「家庭内においてはあらゆることが、大きな罪までもが結局は罰せられずにすむ」、「家の外でも家の内と同じように振る舞うことができると信じている」と、いよいよさもありなんという記述が続きます。西洋の分析がなぜかくも日本の首相に符合するのかは、別途考察に値するかもしれません。
安倍首相は「金持ちのお坊ちゃん」であり、その出自が彼の性格や行動に大きく影響したのはまちがいないでしょう。一口で言うと、総理になどなってはいけない人が総理になってしまったわけですね。
A 2017年ころツイッターで故後藤田正晴官房長官の言葉として「安倍晋三だけは首相にしてはならない。あいつは岸の血が流れている。みんなは岸の恐ろしさを知らない」と言っていたという情報が流れました。真偽のほどはわからないようだけれど、正鵠を得た発言のように思われます。彼には「アベノウイルス」の怖さが見えていたというか。アベノドクはこれまで顕在化してこなかったけれど、火のないところに煙は立たぬ、オフレコでは番記者にそんなことを言っていたようにも思います。後藤田いまありせば、の感も強いですね。
B さて国葬です。自民党内に潜伏していたウイルスが、銃撃事件のおかげでようやく顕在化したと言えますが、なぜ岸田首相は早々と安倍元首相を国葬にする決定をしたのでしょうね。安倍元首相が不幸な死を迎えたことは確かで、その死を近親者、友人、自民党、さらには国民が悼むのはもっともなことだけれど、「国葬」の法的基準はあいまいで、しかも彼の政治上の実績が国葬に値しないことは、歴代首相との比較からみても、はっきりしています。それを国葬にする裏には、とりあえずポスト安倍時代に安倍系議員の関心を引こうという保身から出た党内事情があったと考えるしかないですね。
A 岸田首相が属する宏池会で統一教会に関係している議員はほとんどいないようですね。だったらこの際、アベノドクを一掃し、自民党を浄化すると同時に、自己の権力基盤を確固たるものにする千歳一遇のチャンスではないですか。アベノドクを退治するより、むしろその上で保身をはかろうとするのは政治的判断としてもどうですか。この首相もダメだな、と思いますね。岸田はやはり岸田でしかなかった、というか。
何事も「検討する、検討する」で、リアクションを見てから判断するのが得意の「検討使」なら、いまこそ国葬をやめる決断をすべきだと思います。
B 自民党の茂木敏充幹事長が「統一教会と自民党とは組織的関係はない」と強弁しているのはまったく理解に苦しみます。まるで自民党は組織でないような。
A 同じ自民党の福田達夫総務会長は、記者会見で統一教会と自民党の関係について「正直に言う。何が問題か、僕はよく分からない」と言い放ちました。政治家として驚くべき発言です。ツイッターで「何が問題か分からないお坊ちゃまは、国会議員やっても仕事できないから当選させるべきではない」などと非難の声が相次ぎました。
福田総務会長も安倍元首相も祖父からの三世議員ですね。しかも名門。彼の場合、安倍元首相に勝るとも劣らない経歴で、祖父も父も総理大臣でした。2人の出自はよく似てますねえ。だから「一般国民がカルトに騙されて破産しようが、自己責任だから知ったこっちゃないんだよ」という非難もありました。売り家と唐様で書く三代目。三代目は三代目らしく家業を潰す、っていうのがむしろ自然なんじゃないですか(^o^)。
B 国会議員に世襲が多いのも大いに問題ですね。政治家が家業になっているのは現選挙制度の大きなガンです。政治家稼業のポスト安倍を誰に継がせるかが問題になるわけで、それが異常と感じられないのがおかしいですね。
国会周辺ばかりでなく、国民のかなりの層にアベノウイルスが浸透しているのも事実です。最近の共同通信調査によると、国民の53%が国葬に反対しているといい、内閣支持率も急落しているようですが、これはむしろ低い。賛成する人がけっこういるのがむしろ不思議で、賛成する人たちは国葬というものがどういうものか、安倍首相は国葬に値するような政治をしたのか、ということをよく考えているんでしょうか。
アベノウイルスはそれをはぐくむ土壌がなければもちろん発生しないし、増殖もできない。日本の土壌にその苗床になる条件が整っていた面は無視できません。そこには戦後日本の歩みそのものが反映しているでしょう。戦後民主主義で育った世代としては、その民主主義の底が浅かったのだという思いが強い。
そこで思い出すのは十数年前にアメリカの歴史学者、ジョン・ダワーが書いた『敗北を抱きしめて』(三浦陽一他訳)の一節です。マッカーサーの民主主義的占領政策について述べた部分ですが、「この『上からの革命』のひとつの遺産は、権力を受容するという社会的態度を生きのびさせたことだったといえるだろうう。すなわち、政治的・社会的権力に対する集団的諦念の強化、ふつうの人にはことの成り行きを左右することなどできないのだという意識の強化である。‣‣‣。それがあまりにもうまくいったために、アメリカ人が去り、時がすぎてから、そのアメリカ人を含む多くの外国人が、これをきわめて日本的な態度とみなすようになったのである」。
まるで戦前と変わらない「中立公正とは政権の言うことに従うことである」、「憲法に反対するような集会を税金で運営する公的施設で行うことは許されない」などなどの意見をよく聞きますが、こういう考えもまた「日本を、取り戻す」ことをめざした安倍政権下において国民の間に急速に広まったわけです。日本社会にアベノウイルスが発生し、猛威を振るう条件があり、そこから生まれ、あだ花のように咲き誇ったウイルスによって、その傾向が一層促進されたということだと思います。
A 戦後日本は再び落ちるところまで落ちた感じですね。
B ここには、批判勢力としてのメディアの劣化も見られます。この間、朝日新聞の川柳投稿欄に載った川柳がみな国葬を批判したり揶揄したりするものだったことで、一部で激しい批判が出ました。たとえば、疑惑あった人が国葬そんな国、利用され迷惑してる「民主主義」、死してなお税金使う野辺送り、と言ったきわめて健全な在野の批判精神が横溢したものです。柄井川柳の昔から川柳というのは諷刺、諧謔が命だったわけです。役人はにぎにぎをよく覚え、とか。
それに対して戦前の国防団体を思わせるような、けたたましい非難が起こっており、これに対するメディア(朝日新聞)の反応も鈍い。胸を張り、いい機会だからと読者に新聞の役割を「啓蒙」するようなそぶりは一切ない。まことに情けない状況です。
A お互い、嘆き節はつきないですねえ。日本社会に依然として蔓延するアベノウイルスだけれど、「鬼退治」ならぬ「ウイルス退治」もまた、山本太郎率いるれいわ新選組に期待したい、ということでお開きにしますか(^o^)。

ムックを出すと決まったとき、私たちがまずPC-98を取り上げようとしたのは、当時、パソコンと言えば、日本電気(NEC)のPC-98(キュウハチ)と相場が決まっていたからである。これからはパーソナル・コンピュータの時代だと、これまで大型コンピュータを作っていた日本の電機メーカーは、日本電気も富士通も東芝も日立もシャープも、そろってパソコンを出し始めたが、その中でPC-98は圧倒的シェアを誇っていた。その代表的機種がPC-9801シリーズだった。「パソコンと言えば98」の時代があったのである。
PC-9801シリーズは1983年10月に発売され、当初は29万8000円だった。メディア(記憶装置)は8インチのフロッピーディスクでハードディスクは内蔵されていなかった。85年のVMシリーズが普及機として有名で、ジャストシステムの日本語ワープロ、一太郎はこのころに出ている。86年5月に発売されたUV2からディスクドライブが5インチになった。
フト、販売会社、価格の順)、個別にソフトの本数をあげると、ワープロ16、表計算5、データベース10 、グラフィック8、通信7、エディターを初めとするユーティリティ11など、全部で約60本になる。これらのソフトを初心者、中級者、上級者、個人向け、オフィス向け、スペシャリスト向けなどのラベルとともに紹介した。
ムックの第2号は『おもいっきりネットワーキング』、ようやく盛んになりつつあったパソコン通信ガイドだった。ネットワークとして、PC-VAN(ピーシーバン)やアスキーネット、日経MIXなどを紹介している最中に、NIFTY-Serve(ニフティサーブ)が発足した。草の根ネットワークとして、地方のBBS(Bulletin Board System パソコンをホストにした小規模パソコン通信ネット)が個性的な活動を展開しつつあり、大分のC0ARA(コアラ)が話題になっていた。この号はネットワーキングの世界で精力的に活躍していた会津泉さんに協力してもらった。
他のムック、『おもいっきりワープロ』はまだ利用する人の多かったワープロ専用機のガイド、『おもいっきり電子小道具』はラップトップパソコンから電子手帳、電卓、多機能電話、時計、おもちゃにいたるまでの、まさに電子小道具全カタログである。『ワープロ』では脚本家のジェームス三木のワープロ生活を紹介したり、演出家、鴻上尚史に「はじめてのワープロ通信」に挑戦してもらったりしている。それぞれハードやソフトの徹底紹介が基本だが、それでもいろいろ読み物に工夫しているのは、いま振り返るとほほえましくもある。それらの編集作業にも尽きぬ思い出があるけれど、今回はここまで。また別の機会に紹介することもあるだろう。
多くの社外ライター、カメラマン、イラストレーター、デザイナーなどのおかげで、波乱万丈だったムックは5冊とも予定通り刊行できた。それは朝日新聞入社以来、私たちが一番よく働いたときだったのではないだろうか。各巻に「編集に協力してくださった主な人々」を紹介しているが、ほとんどが20代、30代である。40代はおそらく私だけだったと思う。ちなみに小田嶋君は30歳だった。みなさんにあらためて厚くお礼申し上げます。
このムックの売り上げが好調だったことが翌1988年からの『ASAHIパソコン』創刊に結びつくのだが、すでにマックに親しみパソコン通だっただけでなく、優秀な編集者にして科学ジャーナリストだった三浦君とシャカリキになって過ごした多忙な1年間はことさら思い出深い。先に記した熊沢正人さんも、このとき助っ人として参加してくれた。小田嶋君にまつわるほろ苦くも感動的な思い出は、4冊目の『おもいっきりデスクトップ・パブリッシング』をめぐってだった。
仲間は入れ替わりがあったので正確な人数は覚えていないが、私は小田嶋君グループを「逃がさない」ことを第一義に、全員に社の簡易宿泊施設(2段ベッド)に泊まり込んでもらった。仮眠するときも警戒を怠ることなく(^o^)、3日ぐらい作業を続けたと思う。いまならブラック企業と批判されるところである。作業終了後、小田嶋君たちは不精ひげをはやしたまま、げっそりして帰っていったが、私たちとて同様だった。
小田嶋君の送別会の席で、奥さんに「『ASAHIパソコン』の初代編集長」と名乗ると、よく覚えていてくださり、「矢野さんにはたいへん迷惑をかけた、とよく言っていました」とのことだった。私は持参した『おもいっきりデスクトップ・パブリッシング』を見せながら思い出話をしたのだが、小田嶋君が「迷惑をかけた」と言ったのはこのムックのことではなく、その後創刊した『ASAHIパソコン』のことだと思う。
けれど、立憲民主党の蓮舫、日本共産党の山添拓のほかに自民、公明からもそれぞれ有力議員が立候補する予定で、そこに「五体不満足」の乙武洋匡も無所属から出馬、立候補予定者が20人以上という大激戦区になりました。
定です。水道橋博士はれいわの演説会にふらっと現れて、自分が維新に訴えられた「スラップ訴訟」について山本太郎に訴えているうちに、「あなたが立候補しませんか」と言われて、一瞬ひるんだようだけれど、わりとすんなり出馬を決めました。
気があるみたいですね。「お前は日本人か!」と罵られるくらい日本に対する愛情が深く、「在日が日本を変革して何が悪い」とも発言しているとか。

れいわの候補者のレベルはほんとに高いですね。知性があり、志も高い。他党とはここが断然違う。組織も応援してくれる企業もなく、すべての活動を支えているのは全国の勝手連、つまりボランテ
ィアです。三重県の例でも、今日の「ねこちゃんず」のグループトークは36件です。ポス活(ポスター張りのボランティア活動)のやり方を先輩が伝授しています。こっちの方はまだ実践できていないけれど(^o^)、こんな政党が天下を取ればまさに前代未聞。世界でも例がないんじゃないですかね。
まず大阪選挙区のやはた愛は、先日の衆院選でも立候補、惜しくも落選しましたが、そのときの街頭演説で経済の話になったとき、「株を買うなら私に投資してください。私はこれから伸びますよ~」とさわやかな笑顔で自分を売り込んでいたのが印象的でした。
A 福岡選挙区の奥田ふみよは、山本太郎が直々に一本釣りで口説き落とした方ですね。街宣時の質問が鋭く、すごい熱量を感じたそうです。3人の子育て中という普通の主婦でピアノの先生(武蔵野音大卒)。当初は立候補をためらったそうですが、いったん走り出したら街宣も熱い。博多のお母さんが怒ったら怖い! 子どもたちを幸せにするために立候補したド庶民です。
埼玉選挙区の西みゆかは慶應義塾大学法学部卒業後に司法試験合格。その後アメリカに留学し、アメリカ合衆国ニューヨーク州弁護士に登録、最高裁判所の司法研修所で刑事弁護の教官もつとめました。
全国比例区から出る長谷川ういこは、太郎さんの正に盟友ですね。これも東日本大震災時に知り合って以来の仲。その結びつきを我々は感謝すべきだと思います。緑の党代表でもあり、れいわの掲げるグリ-ンニューディ-ルの柱ともいえる貴重な存在です。
4月になって東京選挙区からの擁立が発表された、よだかれん(依田花蓮)って誰かって? 知らざあ言って聞かせやしょう(^o^)、彼女はトランスジェンダーであることを公表しており、国会内の記者会見で「女性や外国人、障害者など行きづらさを抱える人たちの困難を解消したい」と語りました。

奥さん役のグレイス・ケリーがきれいですねえ。この方は後にモナコ王妃になりました。クーパーも渋いですねえ。なんとなんと、彼は新婚旅行をやめて3人に対決する決意をしました。
しかし山本太郎も孤独ではない。『昭和残侠伝』シリーズの一つで、池部良が健さんに言います。「ご一緒、願います」。 こんなツイートもありました。「れいわ新選組山本太郎の衆院辞職には驚いたが、最も驚いたのは、参院選の比例区ではなく、負ければ終わりの『選挙区』から立候補することだ。背水の陣を敷くことで、今の自公維政権との対決姿勢を国民に分かりやすく示している。他の野党に今決定的に足りないのはこの政治的情熱ではないか」。
は、すり鉢状をしていて、罪を犯した人びとの魂は、下に行くほど過酷な責め苦にあいますが、入り口の地獄の門付近に、地獄に堕ちるほど悪いことをしたわけでもなく、かと言って善行もしなかった「怠惰」な人びと、日本ならさしずめ沈香もたかず屁もひらずというような人びとが置かれている場所があります。そして地獄の門には「われを入るものは一切の希望を捨てよ」と書いてあるんですねえ。